2015年08月02日

「徴兵制」を空想してみた

 暑いですね〜。もう外は立ってるだけで暑いですよ、昨日今日。
 終戦70年を前にして「徴兵」なる言葉が世間で踊っている。
 子供を戦場に送るな?
 ということで酷暑の中での訓練を考えてみた。

 熱帯雨林を想定した山の中の行軍訓練。
「あっつーい、アクエリないの、アクエリ」「ポカリでもいいよ。」
「おーい、自動販売機ないのかよお。」「あっても買ったらダメだとよ。」
「そこっ、うるさい。黙って歩け。敵に気付かれたらどうする!」
「うっせーな、俺らの親の税金で給料もらってんだろ。エラそうな口たたくなよ。」
「何? 訓練中だ! 実戦に備えて行っているものを」
「おーい、この兄ちゃんどうする、みんなでしめる?」
「おい、ちょっと待て、○○が倒れたっ!」「ええっ!?」「熱中症か?」
「○○帰宅部だもんなあ。そりゃ倒れるのも無理ないわ。」
「休憩、休憩、停止してよ、停止。はー、○○のおかげで休める〜。」
「ちょうラインでさあ、▽▽が今どこにいるか教えて、だってよ−。えー、第四分隊は−。」

 とりあえず徴兵制なるものをしくにはですね、もう一回一億総農家の子どもに戻る。
 子供のころから農業をしていたあの肉体に回帰し、車や電車、冷房なんて満足にない時代に戻る。さらにお上に絶対服従の精神を取り戻し、学校や官公庁に文句言うような奴からして叩き直す。精神から作り直さないとダメですな。
 そうなってくると江戸時代には推奨された儒教精神を学校教材の中に取り入れないといけないって話になるんでしょうかね。韓国なんかそういう教育は学校じゃなくてもしてるもんね。
 もう一つ問題なのが、指導者の方が服従心の強い集団以外の人間を、鉄拳制裁をお見舞いしてでも統率しようという精神力が必要になるんだけど(しかし実際鉄拳制裁をお見舞いすると、マスコミの餌食に…)、そもそもそういう無頼どもを武器や給与・昇進・配属で抑え込めないのに、気力迫力だけでできる強い人物がどれだけいるかという話で、さらに東南アジアや中東あたりにいくと必要なのが、大量のワクチン。ちょっとしただけで感染するし子供のころから耐性がないので万が一のことを考えて全部打っていかないといけない。
 結論。無理。
 だいたいね、政府もそんなこと期待してるかというとね、期待してないと思うの。今の高校生って毎日見てるけど、ひょろっとして幼くて、すぐ熱出すしお腹痛くなるし学校休むし、それが十歳年をとって何か変わるかというと大して変わってないし。
 結局志願した人たち、つまり軍を想定してあの集団的自衛権なるものがあると思うのね。
 で、そもそも先の大戦の終戦に至るまで、なんで日本の徴兵が可能だったかというと、それだけ自然と皆鍛えられていたからだし、なんのことはない、江戸時代から脈々と続くお上に対する従属意識というのが非常に高かったというのがあるのよね。だからそれなりの税金を払えないなら体ではらえ、さらに上のいうことはきけというのが常識としてまかり通る精神風土があった。口答えしたらぶん殴られても仕方がないのが戦前。一人おかせば村八分にされるのが戦前。
 果たして精神構造も学力も全く違う現代にあって、徴兵制が可能かと。私は無理だと思う。精神構造からやり直すのに3〜40年はかかる…3〜40年でできたらいいけど、なんか絶望的な気がする。
 
 もう一つ戦前戦中の軍のああいう気風(例をあげるなら、「貴様それでも武士か!」とか、敵に捕らえられるなら自決する、みたいな)を作ったのが軍の人員の多くをしめた士族階級なわけで。要するにじいさんあたりまでたどるとれっきとした武士という。
 明治政府が国防を考えるにあたり、軍をどういうメンバーで構成するかでは一つもめた経歴がある。プロ集団の軍を創設するか、徴兵である程度民間人からまかなうか。
 士族階級としては自分たちの特権意識が失われるのでプロ集団の軍を創設することを期待したとものの本には書いてあった。ところが政府は民間人から大量に兵を徴用することになったと。まあ予算の問題もあったんでしょう。そこで士族階級の不平不満はたまっていき解消されないまま時を経、ようやく日本がいくつかの戦争に突入すると、それで軍にいた士族たちと徴兵された不満分子は面目躍如として軍の中で亡霊のごとく武士道を奮い起こして活躍し始めることになる。
 これが終戦とともに800年続いた武士の滅亡となるのだが、今の日本にはそういう精神的な背景がまるでない。無理にでも押し通す力、いざとなったら命を賭してでも戦う根性。あるいは、戦わせる根性。

 「教え子たちを戦争に送るな」とか日教組も言ってるんだけどさ、無理でしょ。
 体のつくりと精神的な背景がまるで違うのに。はっきりいって自衛隊に民間人あがりの2年ぐらいしか訓練してない連中がいっても使えないわ。日常生活からして全然違うもの。
 弾が飛んできたら逃げるか、怖くて自分で死ぬか、卒倒して意識不明の大重体になるわ。
 「お腹が痛いので明日行軍休みます。」
 明治以降終戦までの精神的な歴史と、状況を考慮して、徴兵制とか言ってる人たちはもっと考えてほしいわけね。一瞬テレビで有識者たちが立ち上がったとかいうの見て、「この人たち本当に有識者かい?一回日本の子どもと直に会って話した方がよくない?明治以降の精神史も勉強した方がいいべ」と思ったわさ。
 冷房のよくきいた家の中でテレビ見ながらゲームするように戦争ができるなら別だけどね、そうとばかりもいかないでしょう。

 *安全保障に関する法案が、戦争法案なるものという主張にのっての話です、念のため。
posted by きよら at 18:02| 日記