2015年08月15日

安保法案は憲法9条に違憲か

 お盆休みに二連打。

 この前のブログで「教えて!ヒゲの隊長」へのつっこみパロディについて取り上げた報道ステーションのおかしな部分に突っ込みを入れたら「正義のミカタ」という番組でその部分はカットしていた。でもそのつっこみパロディの別の部分を紹介していて、昨今日本に砲撃しようとしている国を挙げて「中国」とし、中国は冷戦時代から日本に照準を――と、突っ込んでたんだけど、いやいや、それ、北朝鮮でしょ。北朝鮮。
 見ていて笑っちゃった。
 北朝鮮の場合、日本の方角に向けてテポドンとやらを発射した場合に、残念ながらその攻撃の照準はアメリカだったなら別に日本が攻撃されたわけじゃないから個別的自衛権は無理じゃないの。
 万が一その爆発能力が確かになった場合、先にそのテポドンとやらでっちどんやらわからない兵器が日本上空で炸裂することもあるかもしれない。そういう時の予防でなんとかするのが集団的自衛権じゃないのかい? 追撃ミサイルで撃ち落とすとかね。
 実は私もよくわからないんだけどさ。
 なんてたってテレビが報道してくれないし説明もしてくれないもんだから。
 ニュースなんてあちこち見てるけど未だにわかったというほど説明されたとは思えない。

 そんでその集団的自衛権が憲法9条に違反している、と、報道ステーションでまたまた古館一郎が言っていたので、古館一郎はちなみに憲法9条を読んだことがあるのだろうかと疑問に思い、改めて憲法9条を見てみたいと思う。
 実は私は何が「違憲」なのかよくわからない。
 本当にマスコミはちゃんと説明してほしい。
 私は専門が文学で高等学校の教師をしているので言葉の上で判断するのみで、おそらく予備校の国語の先生がやっても同じようになるんじゃないかと思うんだけど。
 では条文を見てみよう。
 
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 中学校の時に平和憲法として習った時は、この1項を習った記憶がさっぱりないんだよね。
 先生、授業でやったっけ?
 それで1項を丁寧に見るために、読点の位置から改行して書いてみましょうか。

A  日本国民は、
B  正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
C1 国権の発動たる戦争と、
C2 武力による威嚇または武力の行使は、
D  国際紛争を解決する手段としては、
E  永久にこれを放棄する。

 以前教育基本法でもやったことがあるんですけど、こうやってみるとわかりやすいでしょう。Aはいいですね、主格が「日本国民」。Bもいいでしょう、この条文の目的です。そしてこの文章の要点はEの「永久にこれを放棄する」にあるわけですが、「これ」の指示内容がC1とC2にあたるわけです。ただしこの文章はこのABCEのみで完結していれば、戦争と武力の放棄を全く持って完全に放棄しているわけですが、残念ながらDという必要条件節が入っている。
「国際紛争を解決する手段としては」
 つまり条件が付された限定文なわけです。
 「国際」とは何かというと三省堂国語辞典でひいてみると、「自国の中だけにとどまらず、他の国となんらかのかかわりを持つこと」。つまり国際という言葉には国と国との関わりが規定されているというわけですな。
 さらに「紛争」をひいてみると、「もめごと」の漢語的表現。「もめごと」をさらにひいてみると、「ごたごたした争い」「いざこざ」。
 まとめると、「国家間に起こったいざこざを解決する手段としては」ということなので、国家以外の敵は規定していない。
 これを規定しているなんて言っちゃった日には「主観を入れて文章は読んではいけません」なんて先生に怒られちゃいます。
 もしこれが文学的解釈を許す文言であるならば、言葉一つをキーワードとして他の文献から引用解釈も可能でしょうが、法律の文章というのはあまりそういう解釈を許すものじゃないんじゃないですかね。
 
 太平洋戦争後の段階で作成された文章ではあるけれども、さすがに山賊や海賊、テロを掃討するのに武力を持ってするな、なんて酷なことは規定していないし、するはずがない。また、他国に対して攻撃されて、うちがとばっちり受けそうだなんて時は紛争ではないからこれも規定外、他国がうちらも使う資源を手に入れるためにテロと戦わねばならないから手を貸してくれ、これももしかして国家間の紛争ではありません。しかも当事者はうちじゃないし。我が国に籍はありますが漁師が勝手にやったことです、国主導ではない、も国際紛争の対象外。
 この第1項の条件限定文を受けて第2項がある。

A  前項の目的を達するため、
B1 陸海空軍その他の戦力は、
B2 これを保持しない。
C1 国の交戦権は、
C2 これを認めない。

 第2項は当然ながら文冒頭にあるという位置関係から、常識的に一項全体を指していて、そういう場合にB陸海空軍は保持しないといっている。したがって自衛隊の存在もそれ以外なら許されるということになる。さらに構成から察するにAから枝分かれたCも、その場合にかぎって交戦権は認めないということになる。

 こんなこと憲法学者にお伺いを立てることなんだろうか。国語の問題じゃないんでしょうか。
 大学入学レベルの学力があれば普通にわかることじゃない?
 その私の判断は甘いのだろうか。

 まあねえ、でも、例えば、摂津・大和・河内の国で山賊が出るっていってるのにさ、たとえば摂津の国だけ金は出すけど人は出さないとか言って世間の話がとおるかってことなのよね。もっと小さくするとA町内会とB町内会とC町内会で火付けが頻発してるのにさ、A町内会だけが金は出すけど自警団は編成もせんし出しもしないと言ってるのと同じことなのよね。そしたらA町内会に火がつきました、周りはシラネって思うよね。それにおれっちは眠いの我慢して疲れた体を押して体張って町守ってるのにお前らはなんだ、みたいな。
 金だけ?なんだエラそうに。
 だいたいね、石油資源やその他の資源も中東他から安全に手に入れられるのも、テロ掃討のおかげだし、食糧を手に入れられるのも、ものが売れるのも、同盟国が均衡を保ち、うちらの足元見て値段をつりあげたり、うらなかったりしないところにあるのよね。
 それが軍備だけは嫌でございます、とか。無理じゃないかな。
 他の国の方には死んでいただいて、他の国の方には飢えていただいて、我々は平和と食料と便利な暮らしを享受させていただきましょう。
 いいの、アメリカ人やイギリス人は死んでも。うちらはダメ。でも石油はちゃんと分けていただかなくっちゃ。でないと電気つかないし車動かないし暑いし。
 私はあの安保法案反対といっている人の顔には、そう書いているように見える。とりあえずその論理は国家間の紛争のみではなくなった今の時代ではもうまかり通らないから、反対をいうなら対案を出してほしい。
 日本という国は戦争をしなくてもその豊かさでたくさんの人を死に追いやっている。地球上の一日の飢餓人口は東日本大震災での死者数より多いというが、我々が食糧を買い漁るために、現地に食糧が残らず飢餓や貧困の元になっている国もたくさんある。
 ファストファッションは女工哀史なみの賃金で東南アジアの少女たちに労働させて成り立つ額だとも言われている。
 そういう我が国がはらんでいるさまざまな矛盾を無視して、とりあえず武力では人を殺すなというのは、どうしても私にはエセ正義にしか見えない。
 平和と飽食の影で死んでいく人は、武器で殺しているわけではないし我が国の人は死なないからいいという、暗にそんなことを言ったような、あの反戦の主張はどうも受け入れられない。
 まあだからといって、これで他国の平和をおびやかそうとも、憲法9条には違反してないけどね。ただ、平和ってなんだろうとか思っちゃうよね。憲法の前文にしても。
 教え子は戦場に送ってはいけなくても、アメリカ人は送っていいのかい。
 そりゃどっちも送らないに越したことはなかろう。
 でもこのいろんなものを犠牲にした平和の中で生活を成り立たせている以上、我らだけ武力を費やすことは逃れたいというのは、話が通らないと思う。
posted by きよら at 00:42| 日記