2019年06月30日

非表示になっているブログ記事について

 このブログは本年の以下の記事を非表示にしています。読みたい方がいらっしゃれば表示しますので、いつでもご連絡ください。
 ブログそのものがホームページのあるサーバーに保存されるので、ほぼ連動してるかなと思うのですが、だいたいアップすると当日に1000ぐらいのアクセスがあるって感じですかね? 私が分析するのもめんどいので、ホームページのアクセス解析の画像を載せておきますので勝手に見比べて見てください。
 この時期小説の検索サイトが消えたせいでアクセス減になりましたが、最近また盛り返してる感じですが、余計なことは書かないでおきます。

1、最近気がついたこと 2019-01-30 00:05 ストーカーI(♂)さんがまた現れたこと。また彼との始まりについて。

2、最近思い出したこと 2019-02-10 16:37 ストーカーIさんに街の中でつけまわされた時のこと。
あの当時のこと 2019-02-19 20:00 ストーカーIさん関連の家宅侵入の気配、妄想勘違いされてるらしいこと、どうも研究者にまで広がっているらしいこと。その他、ホームページを立ち上げた時のいやがらせなど。

3、逆手にとって襲う1 2019-02-26 21:59 ストーカーIさんがばらまいた経由で作品を盗む人たちへの、彼らをつぶすにあたっての仕返し理論。

4、逆手にとって襲う2 2019-03-03 15:57 ある脚本家が自滅した話。

5、逆手にとって襲う3 2019-03-12 23:56 しつこい該当会社への直接的逆襲。

6、逆手にとって襲う4 2019-03-24 00:14 ネットでのつきまといもするある脚本家への逆襲。

7、逆手にとって襲う5 2019-04-05 18:27 ビリーたちの存在と、この文章を書き続けた理由について。(ビリーとは、ストーカーIさんのいる業界で私の味方に付いている人たちの愛称。)

アクセス統計2019年1月
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アクセス統計2019年2月
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アクセス統計2019年3月
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アクセス統計2019年4月
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posted by さきはなきよら at 12:35| Comment(0) | 日記

2019年05月01日

NHKスペシャル「日本人と天皇」

 新天皇陛下、ご即位おめでとうございます。

 ここ近年、こうした当日にブログを書くことはないんですけど、昨日、NHKスペシャル「日本人と天皇」を見ておりまして、あまりに重いので、ここに書かせていただこうかと。
 以下天皇家に関する記述がありますが、敬称は最低限に控え、敬語もなるべく略しながら記述させていただきます。ややこしさを避けるために。

 夜の8時頃でしたか、何気なく見始めて、「え?こんな時にNHKスペシャルなの?」と思ったのですが、最初は大嘗祭がどんな儀式かという解説だったので、後学の助けにとふんふんと見ておったのですが、後半が……重い。
 後半は天皇の家系の話で、特に重くなったのが戦後すぐに三笠宮が皇室典範改正についての案を提出され、あまりの達筆に驚いたのだけど、その中に天皇は女性天皇を想定すべきということが書かれていた。
 三笠宮は昭和天皇の弟宮にあたり、ああ、なんと先進的な考え方をされ、かつ聡明な方かと思った。そして、その後、敬宮愛子内親王ご誕生に及び女性天皇を認めるかについてつい十数年前、このお世継ぎにかかわる皇室典範改正について有識者会議がもたれたが、そこで彼らが気が付いたことに、江戸時代初めから現代まで、側室以外から男子が誕生したのは、江戸時代に一人、そして昭和天皇と上皇(放送時天皇)陛下だけであると。
 従って側室制度を廃止した現代であっては、このまま男系男子を維持することは難しく、女性、女系天皇を考えなければいけない――、ところがこれが秋篠宮家に悠仁親王が誕生して議論が停止、棚上げされてしまったということであった。
 さらに番組は、晩年の三笠宮の言葉として、現代にあっては女性天皇が難しいと。なぜならマスコミに追い回されるからお婿に来てくれる人がいないであろうと。
 ここで番組は終了するんだが、そこで終わるなーっと叫びそうになりながら、ニュースの後は爆笑問題で、今のNHKスペシャルは一体なんだったんだろうと、モヤモヤしながら改元を迎えた。
 思うだけど、この三笠宮の危惧って、お婿さんだけだろうか。
 お嫁さんでも同じじゃないですか。
 雅子皇后がお嫁にきてそして病気になりながらもここまでこれたのも、たぶん外務省のキャリアの中で働いてきた強さと、その中に生きる男性たちに比べると特に際立つ天皇陛下の人柄ゆえではないかと思う。キャリア公務員の競争社会の中に生きていると余計に際立ったのではないかと思う。
 でもね、他の人だとどうなの、と思うじゃない。
 三笠宮はマスコミだけを挙げたけど、皇室という独特の文化の中で生きていかないといけないというのもあるだろう。しかし後者は努力すれば変えられるかもしれない。でもやはり三笠宮の指摘通り、前者はどうなの。
 この辺はマスコミ諸氏に問うべきところだけれども、三笠宮の発言に従うなら、マスコミのせいでお嫁さんもお婿さんも来ないように聞こえる。女帝ないし女東宮に全力で守りますからと言われても、お婿さんは全力で守られますとは言えないかもしれない。

 どうなの?
 天皇制なぞ滅びてもいいという向きもあろうが、126代も続いた、世界で一番古い、しかも家系図が奈良時代からほぼ完璧に残っている皇族を終わらせるって相当勇気と覚悟が要らない?その皇統を維持するという前提で行くと、ただ女帝、女系を認めるだけでは足りないような気がするんだけど。この番組の中で同じく旧皇族に、皇族復帰してもいいかというアンケートをかつて取った時、みな一様に「お答えは控えさせていただきたい」とのこと。ただあのテレビに出ている竹田さんを見る限りでは、天皇家への愛と誇りが強い方もいらっしゃるのではないかと思うのであるけれども。
 問題はどこまでの復帰かということにつきるような気もするけれども、このままでは最悪の事態が重なったら本当に絶えてしまうということもありえる。
 これはたいへんデリケートな問題で、人をもののようにも扱いかねない。つまり人道的な問題にも抵触しかねない。そうなるなら、皇族の意志なくして物事をきめてしまってよいものか、いや、絶対にそれはいけないだろう。

 悠仁親王一人、男系男子が生まれたからそれで大丈夫なのか。
 敬宮愛子内親王が女性宮家を創設すれば、それで構わないのか。
 旧宮家が復活すれば、その時また「税金ガー」という人たちが出てこないのか。
 無礼を百も承知でかけば、その皇統自体が人間国宝、生きる世界遺産ともいえるかもしれない。
 本当に難しい問題。藤原家も源家も足利家も徳川家も決して滅ぼさなかったこの皇統を、民主化されたこの時代の我々がどう判断するのか。

 ナレーションは石澤典夫だった。
 重かった。
 ただ書いていて思ったことは、やはり、天皇家に対するマスコミの在り方をマスコミ自身が考え、またこの先のことについては、国民の代表・有識者のみならず、人道的見地から、当事者(代表だけでなく)も加わるべきではないだろうかということだった。

 平成31年4月30日夜8時に放送されたNHKスペシャル、本当は視聴者に何を投げかけたかったのだろう。
 とりあえずこれゆえに、改元で全然浮かれてないわ、私。 
posted by さきはなきよら at 19:33| Comment(0) | 日記

2019年04月28日

新元号に思ったこと

 やっぱり5月1日に「あけましておめでとうございます」って言うの?
 4月30日に除夜の鐘がなったらどうしよう。
 ちなみに四天王寺では御代代わりの護摩祈祷をするのだそうで。
 今上が退位し、東宮が即位され、御代代わりに伴い、改元が行われる。
 元号は「令和」だそうで。

 遅ればせながら。
 もう今日すでに「れいわ」と入力すると一発変換できるようになっている。すごいねえ。
出展は『万葉集』だそうで。梅の花三十二首の序文、おそらく大伴旅人が書いたであろうというところから名づけられたのだそう。「初春の令月にして、氣淑く風和ぎ…」。
 既に知れ渡っているところをだらだらと書いても仕方がないし、私は『万葉集』が専門でもなんでもないし、まあ、高校の先生程度の知識しかありません。もしかして間違えているかも、と、びくびくしながら(嘘ばっかり)授業でも説明しています。
 やはり万葉集といえば、旅人の息子、家持の巻末の歌。

 新(あらた)しき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事(よごと)

 新春に雪が降っていて、その雪のようにますますよい事が積もっていきますように、なんて説明して、今までこんな大きな歌集は日本になかったが、有志によって(つまり国から収集の資金も出ず)初めて作られ、その歌集の最後がスタートの歌で始まってる、これが憎いよね、これから日本の文化がますます栄えるようにって祈りをこめたんだよーとか適当なことを言って『万葉集』を説明する。そして教科書に載っている東歌や防人歌なんかも紹介するわけだが、おそらく日本で始めての大規模な歌集を作成するんだというプライドの元に作られたのだろう、と私は勝手なことを文献の確認もせずにべらべらとしゃべる。

 この「令和」が発表されるや否や、中国サイドから「元ネタ」は中国の書物だと指摘されたそう。いや、知ってるでしょ、選んだ学者。もし噂通り中西進氏(もしくはそのクラスの学者)なら、そんなこと知らないはずがない。日本の古典文学全集の注釈を中国の学者は見たことがないのね、と思い、その中国人の意見を紹介する日本人も、おそらくこういう系の書物を手に取ったことがないのだろうと思った(なんか寂しい…)。高校の時にさ、教科書の下の方にも書かれてるんだけど、「脚注」、それに日本の文献であろうと中国の文献であろうと、元ネタがあればちゃんと載せてあるんだよね。教科書の指導書にいたってはもっと詳しいよ。指導書は先生しか見れないとしても、高校を卒業して古典の教科書できちんと古典を読んだ人なら、注釈に何が書いてあるか読んだことあるんじゃないの?
 有名どころでは『枕草子』の「香炉峰の雪」のとことかね。
 ネットで、「万葉集だけど、ここの部分漢文なんだ」というコメントがあったりして、それを書いている人はもしかして、『万葉集』の時には平仮名カタカナがなかったということも知らないのではないだろうかと思った。 
 これでいいのか、日本。
 日本には表記文学において何度も革命的な転換点があったが、『万葉集』は最初のその一つ。その後に、平仮名片仮名の発明、紀貫之による平仮名文化の革命、女流文学の隆盛、歌論や同時代作家への作品批評、藤原定家による保存、江戸期の文法的研究、明治の言文一致運動等大きな転換点を経ながら日本の表記文学の歴史は動いてきた。(こんなことも知らずに表現のどうのと生徒に書くことを強要したらチコちゃんに叱られるんじゃあるまいか)。おそらく表記文学においての革命の端緒がやはり『万葉集』かと思うんだけど、私もその筋の学者ではないから端緒かどうかとまでは言い切れない。(それ以前に個々の歌集はあったかもしれないし。)
 でも『万葉集』の時に、現在の平仮名が存在しなかったのは知っておいてほしいかも。

 つまり表記方法が漢字漢文しかなかったのだから、部分漢文になるのは仕方がない。
 それでも万葉仮名で日本語を表記しようとした努力はすごいと思う。
 平仮名の発明によって最初の正式な言文一致がなされたんだろうな。
 さっきのNHKの番組でネットの普及で小さな個人の声をネットで発信できるようになった、それは画期的革命だとか言ってたような気がするけど、明治初期にも似たようなことなかったっけ。文字だけでなく。マスメディアにいたら知ってると思うけど。それが一部の特権階級のものにだんだんなっていったかと思うんだ。

 そして『万葉集』後、『古今和歌集』という和歌集が編纂されたが、それは、『万葉集』なしでなしえたか。そしてこれを端緒として後に他の和歌集が編纂されていくわけだが、(しかも国の事業として)、現代にして思えば家持の詠んだ歌も、詠んだ甲斐があったねって感じだよね。
 …とみてくると、今まで漢籍を元に作成された元号が、国書を元にする最初の元号として『万葉集』から選ばれたのは、非常におあつらえ向きではないかと思うのだけど。
 漢籍から国書へ、にあたって漢字の音を借りた万葉仮名を使用した、現存する我が国最初の大型歌集である『万葉集』を、しかもその部分、つまり中国の漢籍の部分が元ネタになった箇所を引いてきたんだけど、漢籍を踏まえながらも日本流に変換された部分をひいてきたというのが粋だねえと思っちゃうわけさ。だってこの記述の後に、みんなで漢詩を詠んだのではなく、似通ったシチュエーションで「日本の和歌」を詠んだんでしょ。しかも万葉仮名で表記した。
 元号が「漢籍から国書へ」へのリンクもさながら、この国の文化需要の起こりをも象徴しているようではないか。
  
 私も近代文学だから門外漢といえば門外漢なんだけど、もはやよその国にわたって、違う形に溶け込んだ作品に「元はうちだ!」とか言うのってどうなの?
 中国由来の梅の花の元、漢籍を思い浮かべながらも、和歌を詠んだという場面に意味があると思うんだけど。

 現代漫画の形式もアニメーションも元はアメリカじゃなかったっけ。
 私はガンダムフリークのアメリカ人が「元はうちだ!」なんて言うのは聞いたことがない。むしろディズニーなんてムニャムニャ…
 劣化コピーは非難されてしかるべきかもしれないが、そこにアイデンティティーが確立されていれば、もはやそれは別物だと思う。

 「令和」。深いねえ。粋だねえ。専門外の私でも感心しちゃったよ。
 オタクがオタクの知識の一部を、大っぴらに解説せず国にテレビで使ってもらってるってこういう感じかと生まれて初めて思ったわ。
 
 今上には申し訳ないが、「平成」は私にとっては残念ながらあまりいい時代じゃなかった。
 年の初めではないけれど、時代の初めに「いやしけ吉事」と祈りたいと思う。
posted by さきはなきよら at 23:44| Comment(0) | 日記