2017年10月28日

ミスドでこう考えた

 ミスタードーナツに行ったら夕方なので6個600円というのをやっていた。
 6個も要らない。
 食べきるのに三日かかる。
 この店の欠点は、一つだけ二つだけ買って帰るというのがしにくい。四つでも抵抗がある。単身者世帯が多いのになんでこんな大名商売的な売り方するんだろうと思う。
 一個二個買う人に、透明の袋か、紙で中が油よけしてる袋に入れて店員がガチャンとやれば自動的に空気入って閉じて、そのまま鞄に入れて持って帰れる機械をレジ横に作っておいておくとか、既に袋に入れていくつか置いて専用レジ作るとかすればいいと思わない?
 値段を下げるならそれぐらいすればいいと思うんだけど。
 6個売りだと紙袋になり、箱に入れてもらえないのでつぶれないよう気をつけて帰らないといけない。昨今菓子パンでもつぶれないように全て空気充填して袋詰めして売られているのになんか怠慢な感じがする。
 イートイン以外に持ち帰りの飲み物もないよね。
 
 でもよく考えたら駅近くのパン屋も似たような売り方して似たような値段で普通に買っていくのに、やっぱあそこは二個だけを買いにくい。パン屋みたいにビニール袋に入れて手提げに入れて、はい、みたいな手軽さがない、というかやっぱり紙袋があかんのよ。大量買い前提の売り方がいけない。
 しかもドーナツってパンと違って基本昼食べるもので、昼の客がどう流れてるかもあんまり考慮に入ってない。会社員の昼休みやちょっとの外出の時にスイーツは欲しく、昼食を食べた店に入ってそのあとミスドにイートインしてる時間はない。間が悪くダラーと並んで箱詰めしてるレジに一個の持ち帰りもしづらいし時間もない。
 主婦が買い物に出て、スーパーにあるミスドの前を通っても一個買うのはしづらい。しかもミスドの入ってるスーパーには大方ハンバーガー店が入っていてハンバーガー店のコーヒーの方が安く、だったらハンバーガー店のスイーツですます。同様に学校帰りの女子大生女子高生の動きも似た感じ。飲み物とあわせたら500円超えるよね。これは彼女らの昼御飯代と同じかそれより高い。主婦によっては三倍する。バブル期を知る世代ならちょっと自分に贅沢とかいって入るけど大方の若者は物心ついた時から不況なんでそういう贅沢なことはしない。
 イートインのコーヒーの値段を下げて質を落とせというのではなく、帰りに一個買って帰って家で食べやすいようにするべきだと思う。
 それかいっそもう作りたてにこだわらずその日のうちにさばけたらいい程度なら近所のハンバーガー店などと協力すればいいのに。夕方の駅近くのマクドナルドにいるとコーヒーと軽いサイドがすごい勢いで売れている。でも甘いもののメニューの数はお粗末きわまりない。「ミスドあります」店をつくればよいのだ。
 
 ちなみに6個買って帰ったんだけど、作りたてじゃなくても別にそう味が落ちるわけではなく、持って帰って冷蔵庫に入れても味はそこまで落ちない。エンゼルクリーム系をのぞく、たいていはラップにくるんで電子レンジで十秒でやわらかさが戻る。(これはおはぎや団子も同じ。)エンゼルクリーム系は逆に、持ち帰りの柔らかさが保てないなら冷蔵庫であえて冷やしてしまって、食べる時にお皿にのせてナイフとフォークで食べるとおいしい。
 …なんて持ち帰りの工夫もどこにも説明がなく、ただ今まで通り売るだけの売り方では衰退の一途をたどるのみだと思う。

 一個から買える、それがスタンダードにならないと生き残りは難しいのではないかと思った。
posted by きよら at 22:57| 日記

2017年07月30日

名前の由来

 「咲花圭良」の名前の由来である。
 どこかでちょっと書いたと思うんだけど…。
 歴史上の好きな人物を三人あげろと言われたら、菅原道真、楠木正成、そして漢の高祖の参謀の一人、張良で、そのうちの張良にあやかった名前をつけたいと思っていた。
 小学生の時の憧れの人はバイオニック・ジェミーだったが、高校で『史記』を習い、司馬遼太郎の『項羽と劉邦』を読んでからは張良になった。
 「幕のうちで謀をめぐらし千里の彼方で勝利する」
 これがかっこよくなくて何なのよ。今でも授業で「鴻門の会」をやると生徒はひとしきり私の「張良かっこいい」をきかねばならない。
 私は張良のような参謀になりたかった。
 ただどういう参謀になるかとか具体的には考えたことはなかった。
 高校の時もそれで色々、主に部活の何かで意見したけど、覚えてるのは高校三年の時、吹奏楽部が出来て仮部だったのだけど、文化部の部長たちがどうしても部に昇格させたくない、なぜなら部長に人望がない(なんであそこまでみんなS君を嫌ってたのかいまだにわからない)。ある日部長会議が終わって部室でアホーな話をしていた私の元に部長たちが怒りながら飛び込んできた。
「吹奏楽を部に昇格させんための案出せ!」
それが人にものを頼む態度か、と言ったかどうかは記憶に定かではない。ああだこうだと文句をきいた後で、
「つまりSってのは人望がないのよね。」
「そう。」
「じゃあ人望がなくて信用ならないから、期日までに部員以外の15名の署名を集めたら認めてやるって言ったら?たぶん無理やと思う」
「わかった。」
 で、また引き返して行ったのだけど(結局部長会議は途中だったのか?)、数日後、
「いけたで!」
「ふーん、でもそれ来年は通用せえへんで。」
「来年は来年の子らがすることやわ。卒業した後はしらんわ。」
 うーん、勝手だ。
 かぶれていたとはいえ、若さゆえの過ちというのか、いや結局は翌年は部に昇格したらしい。ごめんよS君。(でもなんであんなに嫌われてたんだろう。
 …内申7.×平均の地元中学が率先して受けさせる学校だった(私もその一人だった)。今5.×まで落ちててもう別の学校になっていると言われてるけど。

 そして今回筆名をつけるにあたり、やはり張良だよね、と思うものの、なかなかうまく使えない。
 張良の字を「子房」という。
 「房子」…う〜ん。
 子房ってそもそも花のあそこの部分よね(違ったっけ?)。花びら、額、おしべ、めしべ…変やわ。そこから色々探してるうちにア段の多いもので「咲花」。地名にもあるしOK、名付けサイトで検索にかけてみて良の字が使える良い画数がないかと見たら「明良」と「圭良」だった。…「あきら」は男性名みたいだし、教え子でいたよな…「きよら」か。古語で最上級の美しさを表す語だ、なんか厚かましい…で、かなり迷って「やっぱ良の字を入れたい!」と、結局はこれになった。
 でも自分で文字を打ち込む時は「けいら」と言いながら打ち込んでいる。読みを無視して字だけ見たら圭良も男性名なんだけど。
 ということで張良いっぱいの(と本人だけが思っている)筆名となった。

 今も目に見えてかしこい人より、「あ、この人わかってる」という人は、(恋のそれではなく)男女を問わず好きさ。才気走らない、でも気づいている、行き届いて不足がない、そんな人が理想だ。
posted by きよら at 13:41| Comment(0) | 日記

2016年04月10日

ルーツ2

 以前にも書いたことがあるけれども、社会の授業では地主や庄屋を搾取するだけの卑劣な悪の権化みたいに語っていて、きいていた私は我々の先祖はそんなに卑劣だったのだろうかとひそかに深く傷ついたものだった。数年前やはり社会の授業の後の黒板をみたらさほど変わってなかった。ああいう授業っていまだにやってるんだろうか。
 でもね、文献では母方の祖母の父親の実家と、母の実家は一緒に組んで自分ちから金出して大規模な治水工事に取り組んでるし、小作の人たちは農地改革で土地をもらったはいいが途端に食えなくなってみんな次から次へともらった土地を売り飛ばしてしまったという母の言葉を参考にすると、とりあえず所有地が少なくても塩田をやったり醤油屋をやったりして領地の人を食えるようにしてただけ、そんな悪徳卑劣な階級にも思えないんだけど。
 逆に今の世の中の企業や橋下徹みたいに、使うだけ使って容赦なく切り棄て、人の生活おかまいなしに給料削っていく、ああいうのの方がはるかに冷たくて人間性がないと思う。
 とかなんとか書きながら、お前父方の話は全然しないと言われそうなので、今回の「ルーツ2」。
 というか、なぜ語らないかというと、はっきりとはわからないんですよ、父方。
 確かに明治、大正、昭和と農業はしてたんだけど、それ以前はそうじゃなかった、らしい。
 徳島の山の中の一軒家でしてね、以前、ある学校で何の気なく、
「うちの家の電気消したら辺り一帯真っ暗になるんですよ。山の中の一軒家でしてね。」
なんて言ったら、なんか変に鋭い先生で、
「ほうほう、それはおかしな話ですね。なんでそんなことになるんです。」
何がおかしいかというと、日本の国というのは大概が集落を使って生活するので、山の中で孤立して家が建っていてそこに住んでいるのは珍しいケース、その先生はそこをついてきた。
「いえ、うちは、先祖は京都なんですけどね、江戸時代の末期に、放蕩の限りを尽くして借金踏み倒して逃げて、知り合いを頼ってそこに逃げてきたんです。」
「ほうほう、では元は放蕩の限りを尽くせるほどお金があったんですね。」
「まあそうですね。」
「そしたら江戸末期に京都で○○や△△(←忘れてしまった)と一緒に文芸活動なんかしてたかもしれない。」
「そこまではわかりません。」
 公家だったらしい。
 それは曾祖母が語ったのだが、聞いた時に私は「知らないと思って好き勝手言えるよなあ」と、半分馬鹿にしていた。
 サイテーの子孫だ。
 公家で京都の市中なんだけど、京都の市中らしくない名字なので変に思うけれども間違いないそうな。
 大学院で京都に下宿するようになった時のこと。京都市中の地図が当時名前入りで配られていたんだけど、あった、自分と同じ名字の家が。うちの名字は珍しくって、同じ名字の人にあうと決まって「どこのご出身ですか」ときく。ちなみに元銀行家や現歴史学者は同じ名字でも確か島根の人。東京にもいるらしい。で、京都市の左京区でしたかしら、十何件集中して固まって住んでいるところがあり、ああ、ここから出た人かなあとも思いつつ眺めたものだが、恐ろしくて特にそこへ訪ねようとは思わなかった。
 何が恐ろしいかというと、「昔先祖で馬鹿な人がいて、借金踏み倒して逃げて家が大迷惑をこうむった」なんて話が出てきたら、ひえええええーーっごめんなさーい、てなことになるので、結局訪ねてもいかなかった。
 この家はその種の本を見ると、江戸時代かそれ以前に天皇家から臣籍降下してできた家らしいのだけど、実際は本当かどうかはもっと追及しないとわからない。その集団で住んでいる家の人にききにいくとか。
 怖いから追及する気もない。
 でも公家というのはどうも嘘ではないらしく、知らないと思って好き勝手云々は私の失礼な言いぐさであることはなんとなくわかった。
 一家で徳島に逃げてきたものの、両親は何もできないので、子供たちが農具の使い方百姓の仕方をならって、なんとか農業を習得したらしい。
 つまり世にも珍しい「でもしか農家」。
 ただし、うちの家は祖父母の代で一度血が途絶えている。
 祖母が養女、そこに祖父が婿養子に入った。
 曾祖父母に子供ができなかったから。
 しかし、ここで血が途絶えたというのも疑問があって、同じ家ばかりから養子養女を迎えている。祖母に至っては曾祖父が継子いじめをされた義母の孫で、あんな人の孫をもらうなんてと難色を示したが結局誰がそうしろと言ったのか知らないが養子縁組は成ってしまった。そんなだったら、よそからもらえばいいのに。その二代前もその家から嫁をもらっていて、そんなにしつこくその家にこだわるなら、もしかしたらこっちから昔誰か嫁に行ってるんじゃないかという話にはなっている。
 うちは分家で、本家の方はその土地は撤退しており、後継ぎがいるのかどうかもよくわかってない。うちもおそらく叔母がなくなったら撤退するんじゃないかという話だけど。
 いいところなのにねえ。
 一つ気になるのは、借金踏み倒して迷惑をかけた相手がいるんじゃなかろうかということで、踏み倒された方、残された人たちは、やっぱりひどい目にあったんだろうかと思う。私なんかでもストーカー氏を一族郎党末代まで根絶やしにしてやりたいと思うと同様、そう思われてるんじゃないかな、と。気のせいだと言われればそれまでだけど、今度参り所に行って呼び出して謝って来ようかとは思う。そしたら私のその気になっているのも消えるに違いない。
 曾祖父が保証人になって逃げられてひどい目に遭ってるんだからそろそろ許してくれてもよさそうなのに。

 しかし本当に社会の授業ってまだああいうこと言ってるんだろうか。
 学校の組合の人たちでも安倍首相や天皇家をぼろくそだけど、安倍さんも山口の大庄屋の家だったりして、遠からずの私には聴いていて気分が悪いんので悪口は言わないんでほしいんだけど。近くに親族とか血縁がいるとか夢にも思わないんだろうか。もう少し言葉を選んではいかがか。歴史上でも現在でも、別にいい思いばっかりしてるわけじゃないんだから。
posted by きよら at 00:51| 日記