2019年08月14日

玉置浩二コンサート 19.08.13 (於大阪フェスティバルホール)「ステージが見えない」

 ライブレポートみたいなの書くのはどれぐらいぶりだろう。
 でもいつもツアーの最中なので曲目は明かさずに書いてた気がする。
 そしてライブレポートではなく感想文で終わってしまう。
 今回も…。

 2019年玉置浩二コンサートツアーに行ってきました(於大阪フェスティバルホール)。
 席は一階の通路の前の席だったんですが、残念なことに、また、ステージが見えない。
 また、というのは初めてではないということで、覚えている限りでは、ソルトモデラートショーツアー(安全地帯)の渋谷公会堂、ゴールドツアーの名古屋、去年の大阪・河内長野も見えなかった。今回見えていた範囲は左は矢萩さんまで、右は吹奏楽団の右から二人目の方まで。肝心の玉置浩二さんは、えー、無理にのぞいたら見えました。
 コンサートが始まって、玉置浩二が入場してきて、最前列の人が立つものだから、後ろの人は見えないので必然的に次々と立っていき、私も前に壁が出来たので立ったのだけど……立っても見えない。
 前が背の高い男性だった。その人が視界をほとんど遮っているので見えない。
 で、ちょっと左にズレたら、今度はその前にまたそれなりの身長の男性がいて……見えない。
 でも左にちょっと首を寄せれば見えるかも……前の前の人が横にゆらゆらして見える時と見えない時が……だんだん首が痛くなってきて……。
 結局座りました。それが正しいかどうかは別として椅子の座面を立てて座るとかろうじて矢萩さんが見える状態で、どうせ見えないからこれでいいやとほとんど座っていました。

 00年代までは、最初から張り切って立つ人ってそう多くなかったんですよ。
 むしろ二階席で立っていると、後ろからものを投げられたり、座れと促されることさえあったらしい。高齢の人も多かったから、膝が痛いとか、立ち続けるのは無理とかで座っている人も多いから、それは座れという人の言い分もありかなと思うんです。(今も状況は変わらんと思うけど)
 その頃は後半で盛り上がってきてワーッと立ったんだけど、私なぞは女性の中でも背が高いのを自覚しているので、後ろの人に悪いと思ってサンダル(もしくは靴)を脱ぎ、足を開くか身をかがめて、十センチぐらい低くする努力をして立ってたんです。後ろの人に恨まれるのもあれなんで。
 縦の通路の横とかステージが見える位置ならなるべく全員が立ってる時でさえ座っています。なぜなら後ろの人に見えないから。どんなに周囲に「この人ノリ悪い…」と思われようとも座っています。学生時代から塾の講師をしていて先生で3時間立ちっぱなしとか平気なんだけど、それでも座るようにしている。

 ところがあの例の2010年の安全地帯復活とそれに前後してマスコミに取り上げられるようになってから、いろんなことが変わってきた。
 男性が増えた。しかも身長があっても全く後ろを気にする気配がない。
 最初から立つのが当然のかつての安全地帯ファンと昨今のアイドルを見るかのような「玉置さんにあう」客が増えた。故にスタートから有無を言わさず立つ。
 で、その立つのが当然で立ち上がる人たちは、そういう後ろの状況が見えてないんだと思うんだけど、特に往年の安全地帯が大活躍してた時代のファンはおそらく未だにコンサート会場が自分たちの世代と同じ150センチ〜せいぜい160センチ前半の女子で前方が埋め尽くされていると勘違いしてると思ってるのではないだろうか。その時代は全員立ってもおそらく後ろの人も見えた。もっと言うなら今回もいたんだけど、腕を挙げて手をたたきながら調子をとっている人、その後ろの人でも立てば見えたかもしれない。
 でも今は、立っても見えない。
 男性が相当増えた、それが一番の見えない原因かなと思う。
 今回一番気になったのが、ステージ向かって右翼の通路前に車いす席があって(いつもあって何名かいらっしゃる)、その何列か前で、玉置浩二入場と同時に飛び上がって手を高く上げてゆらゆら踊りだしたお姉さん(私より十は年上の五十代の人だと思うけど)がいて、右翼も全部立ったので、まずあの人も見えたかな…って感じだったと思う。

 しかしこれまた00年代まではたとえそれまで立っていても静かな曲になったら着席してた。それで頭頭の間からしか見えなかったステージがその時はきれいに見えて落ち着いて聴けたんだけど、10年以降前の人座らない。
 なんで座らないの?
 バラード立って聴く必然性がわからない。
 今回なら「ミスターロンリー」から「オレンジ」まで着席OKだと思う。
 皆が平等にステージ全体が見える時間を作るためにも座りましょうよ。
 見えないと「私はなんでここにいるんだろう」とちょっと思っちゃうよ?

 ラストの20分のところでメンバー紹介があって、その時立って見たら、前の男性が話をするためか横の奥さんらしき人に寄って立っていて、普通に玉置さん見えたので、そこからは立って見てました。後ろの人あと残りちょっとのはずだから勘弁してって感じで。その20分かな、まともに見えたのは。

 という、客席の問題を抱えた昨今ですが、他の男性が多いライブなんてどうしてるのかね。
 170センチ越えの私がこう思うんだから、男性多めのライブも結構見えないんじゃないかと思うんだけど、見えなくってもノリノリなの?
 臨場感がいまいちなんですけど。目の前にどかんと他人の頭があると。
 で、隙間から見える矢萩さんの姿を時々見ながら聴いていて、「おじいちゃんになったなあ、矢萩さん……矢萩さん、かわいいおじいちゃんになってね」「『野蛮人でいい』の時なんて玉置さんとギター上下させながらリズムとって踊ってたよね。あの頃は二人ともかっこよかった。」などと思いつつ、その「ミスターロンリー」まではノリのいい曲、「オレンジ」の後からもノリのいい曲だったんだけど、全体的に初期の曲が多くて、具体的にいうなら90年代初頭まで。これは甲子園球場での11月の安全地帯ライブを意識した選曲なのかなと思った(が、そのわりには安全地帯の曲は「オレンジ」ぐらいしかなかった)。往年の安全地帯ファンで一度離れた人達もここまでならソロもきいていたはずだしコンサートもきてたよね、たぶん。00年代以降の曲って確か三曲ぐらいしかなかった気がする。(オーケストラの方でやっているのかも。)
 「愛されたいだけさ」なんてあんな鬱な曲永遠に出てこないかもしれない。

 8月6日の八王子は途中で中止になったらしく、友人が行ってて中止の旨もすぐきいたんだけど、13日は元気そうでしたよ。「からっぽの心で」と、今回全然歌うと思ってなかった「幸せのランプ」が一番良かった。私は勝手に玉置さんはこのクソ暑いのに相変わらず塩分控えめにして水分補給も足らずに体調崩したのかと思った。このツアーの前ギリギリまでオーケストラコンサートやってて疲労もたまってたはずだし。
 詳細はわからないけど。
 友人がこの件で、「玉置さん今どうしているのかしら」と消息不明の時を思い出したと言ってたけど、私も思い出したわ。『惑星』ツアーで座って歌ってた時も思い出したわ。(座ってもいいけど…暴露本書かれた直後で玉置さんも病気持ちで立って歌えなかった。その後悪化して一時消息不明になった。)
 フェスティバルホールは相変わらずガサツでうるさかった。(同じ大阪府でも他のホールはそんなことないのに。)――いや、これも00年代は確か、大阪市内もそこまでガサツではなかった気がする。「キ・ツ・イ」の時に、一緒に「キッツイー」と歌うお姉さんがいて友人が「お前が一番キツイんじゃーと思った」って言ってたぐらいだから。そして今回は一人どころではなかったし。

 甲子園では壁に遮られませんように。その前に土砂降りにならなきゃいいんだけど。

 一回ソロツアーを玉置さんとトシ8080さんと、もし加えてもキーボードの川村ケンさんだけでやってほしいわ。MCもちょっとは入れて。
posted by さきはなきよら at 13:40| Comment(0) | 音楽の話

2014年05月20日

「メタファーの楽園」

 チャゲ&アスカのASKA逮捕に際し、昔書いたエッセイを思い出したので、ちょっと打ち込んでみることにしました。ホームページのページとするほどには長いものではないので、ブログで行きます。

「メタファーの楽園」

 この前、旅行案内を見ていて、「紅葉」の二文字が目に入った途端「金色夜叉」と思わず口走っている自分を知って、「あ、これはまずい」と思いました。で、この間アルプスに行って来たんですが、ここでも「山道」という看板の字が目に入った途端、頭の中で置き換えてしまいました。「産道」。嗚呼、どうしよう。もう病気かもしれない。
   *
 演歌より歌謡曲の方がメタファーは生きやすいと、何かの本で読んだけれど、この間チャゲ&飛鳥の「Sons&Daughters〜それより僕が伝えたいのは」(*→ 歌マップ歌詞 youtube →https://www.youtube.com/watch?v=KjXnpYfTKMM)をきいた時に、「ははあ、なるほど」と思いました。上手だなあ、誰が詞書いたんだろう、と作詞者を見てみると飛鳥涼本人。おもしろくて、なかなか芸術的な仕上がりだったと思います。
 何分谷崎潤一郎をやっております手前、「母胎回帰」には非常に敏感なんです。この曲を聴いた時も、「あれ、母胎回帰の歌じゃないの?」と非常にときめいてしまいました。「命の海」が羊水で、「水平線の両手をまね」ているのは胎児の手の形。「夢の音域」は母親の鼓動の音。(あれドラムの音が鼓動みたいに聞こえるのは偶然だろうか)じゃあ、「いつか来た道」ってのは「産道」。そういえば「あの夏の日」じゃなくて「あの日の夏」ですもんね。大から小への限定じゃなくて、小の中の大だから、これもメタファーだ。では、思い出したい「あの日の僕」っていうのは受精の瞬間か−−伝えたいのは命の神秘なんだな−−なるほど、すばらしい−−非常に感心しました。
 飛鳥さんの曲は以前にも感心したことがありまして、「はじまりはいつも雨」だったかな。作詞者の確認はしてないけど、多分彼でしょう。(違ったらどうしよう)日本人は基本的に「雨」というと「恋の苦しさ」を潜在的にうたいこむそうです。「雨が降るから会えないの」で、恋の苦しさを歌ってるってわかるでしょう。傘さして行きゃあいいだけの話なのに・・・。理由は民俗学の方から来るそうですけど、あの曲はその常識を破ってるんですね。だからこの曲を聴いた時少し違和感を感じる。そこがかえって不思議な印象を与えられるわけですけども、いろんなことを知っている人だなあと思いました。
 これからも、脳を刺激してくれるようなものを期待してます。
   *
 よをこめて とりのそらねは はかるとも よにあうさかの せきはゆるさじ
 万葉の時代の「見立て」を散文の中に初めて取り入れたのは清少納言であったという。蜘蛛の巣についた雨を真珠に見立てたのはその例であったか。意味の上では全く違う言葉と言葉、物と物を結びつけ何かを言い表そうとする言葉の遊びは、遠く古代から続いているのです。

 我々はメタファーの楽園に生きている。
(『雑文芸術』平成五年十二月)


 謙遜抜きで、拙い文章で申し訳ない。
 この文中に出てくる「Sons&Daughters」の箇所を書く時に、芸術性に重きをおいたのか、さわやかな曲調と詞の裏にエロスを混ぜたのかで迷ったのを、あえて芸術性の方で選択して書いた覚えがあります。字数が限られてて、というかページ調整で書いたものなので、両方を説明するのは無理だったというものです。
 今日やたらまわる「Love Song」も以前どこかで書いたかと思います、『万葉集』鏡王女の歌
 秋山の 木の下隠り 行く水の 我こそ益さめ 思ほすよりは
(紅葉に色づき華やかな秋山の、その木下を行く水のようにはっきりとは見えませんが、私の想いはあなたが思っていらっしゃるよりも、その水が増すように増しているのですよ。)

 共通点は川、それから殺し文句の「君が想うよりも 僕は君が好き」。
 ヒントになったとか元ネタとか、古典から材をとっているのは他の歌手にも見受けられるんですけど(古典じゃないけど桑田圭祐の「月」は明らかに谷崎潤一郎の「蘆刈」が元ネタだし)、特にASKAは凝ったものを書く作詞家だという印象が私の中には残っています。

 彼の場合はつまづいたのは、あのどこかの雑誌が勝手に書いた「次は世界だ」のフレーズで喧嘩して、それで、さらにいろいろつまづいていったってところかもしれない。でも、そのつまづきが今回の直接の原因では私はないような気がするんだけれども。
 創作する人の一番つらいことは、「うまく表現できなくなる」ことです。芥川龍之介も、川端康成も、三島由紀夫も、最大の自殺の原因は、ネタにせよ何にせよ、「書けなくなったから」が、原因。
 金とか、地位とか、そういうレベルで片付けるのは、ちょっと違うと思うんです。
 玉置浩二というカンフル剤を得て、去年夏、十曲も書けた「SAY YESの時のように」と言っていて、それを週刊誌の記者に聞かせたというのだから、たぶん充実し嬉しくて仕方のなかった時だったんじゃあないでしょうか。
 たぶん何かが彼の表現を閉じ込めてしまった。それが彼を苦しくさせてしまった。
 私はそんな気がします。
posted by さきはなきよら at 21:49| Comment(0) | 音楽の話

2011年09月25日

安全地帯コンサート 於東京国際フォーラム11/9/22

 安全地帯のコンサートに行ってまいりました。
 …思うんだけど、純粋なアルバムツアーでよかったのでは?
 せっかくいいアルバムなのに。
 何回かきいたらCDきいてなくても頭の中で回り続ける曲多数です。
 昔の曲に似ている曲もあるにはあるが。
 「結界」とか。
 「結界」は「田園」に似てるんですよね。
 ライブタイトルも構成も「田園」から「結界」なんですよね。「田園」で始まって、「結界」で終わる。
 でも、昔の曲に似てるのは、「結界」だけではないんで(数曲ないですか?)、私わざとかと思ったんですけど。
 次のアルバムが玉置浩二ソロバージョンの焼き直しで、それを安全地帯として出すでしょう。11月に。
 なんかソロで出した分を安全地帯に入れて融和溶解しようとしているのかしらと思ったんですけど。
 本人たちが何も語らないので理由はわからないですね。変な憶測が出る前にコメント出していただきたい。
 
 かといって、セットリストに文句があるわけじゃないんですけど、まあ文句があるとしたら、新譜の中からなんで「STEP」なのっていうのと、逆に「何もないイス」(玉置のああいう曲調の曲は好きだ。アンハッピーエンドの映画の主題歌みたいな曲)がないのとが一番不服。それとせっかく「太陽さん」を入れてるのに、インストゥルメンタル部分を一部カットしてるのが、不服ですかね。
 ソロのもう永遠に聴けないのと思うような曲もいくつか入っていて、たとえば「JUNK LAND」とか、上にあげた「太陽さん」もそうだし、「Mr.ロンリー」もそうでしたね。
 ソロの名盤「JUNK LAND」。
 安全地帯のどのアルバムよりも好き。
 ミスチル桜井もグレイのタクローも誉めていた。
 
 あの、2ちゃんねるで文句言う人はわざとじゃないですかね。
 「田園」のメロディかぶりの指摘はあるのに「カリント工場」のメロディの指摘はできない。
 ソロ末期は通路の後ろは着席が普通だったのにあからさまに「座ってた」とかいう。
 ソロ末期から比べてればかなり声は出てるし、演奏時間も長くなってますよ?
 そして、昔の安全地帯メロディと声を要求するばかりでダメだしをし続ける。
 そりゃ、お前が東京にいて原稿書くためにいろんなミュージシャンのコンサート行ってた時は、参考にしただろうし、良くもあったんだろう。
 でもソロは知らないのね。
 とりあえずチェックしてなかった時代の分。
 チェックする必要がなく、東京にいてチェックできなかった時代の分。
 延々とご苦労なことだ。去年から。


 TOKIOからお花来てました。
 あとWOWOW、SONGS、FNS歌謡祭、ユニバーサルの社長、それから誰かよく知らない人。
 FNS歌謡祭とTOKIOが横並び、さらに堂本兄弟も収録済みだとか。
 フジテレビのドラマにも出演して、そのドラマのエンディングは「結界」で。
 FNS歌謡祭のTOKIOとの共演で、玉置が出て来なかった、それが玉置のドタキャンだったという噂もあるけど、それでもお花きてました。
 それぐらい玉置を愛しているととるよりも、よほど別のことに頭にきて味方しているのではないかとも思ったり。
 まあ普通に考えて、山Pスキャンダル2回分の冷や汗は相当なもんだろうし、まして一回目の双子の姉妹がその連中のCMで採用されてるんでしょ?
 どう考えてもあれは裏で画策したとしか思えない。(何書いてるかさっぱりわからない人は、このブログの検索で、過去の安全地帯関係の記事を探してみてください。)
 ありがとうジャニーズさまさま。フジテレビさまさま。
 TOKIOももう一回曲かいてもらっちゃえ。今度は詞は自分たちでつけてさ。
 
 でも裏で画策している人がいようとも、なんかすごい権力が味方してるのかと思ったら、違うみたいですね。
 去年末の別の芸能人の結婚のガセネタは、どこにも相手にされず、一社しかひきうけてもらえなかったあたり。
 間に人をおいて頼んで書いてもらってる、そんな感じ。
 何よりも素人のファンを嘘で動かさなければいけないほど、資金もツテもない。
 やのつく人とつながりがあったら、もう少しかしこい人回していろいろ企んでもらえるもんだし。
 
 話それました。
 
 コンサート自体は23日の方がよかったんだって、二日続けて行った友達によると。
 22日もよかったですよ、中盤から調子が出てきたって感じだった。
 ただ私は席が音響上悪いとこだったのがちょっと残念でした。
 後ろ見たら2階は客入れてないし、空席多いし、3000のホールでちょうどいいかって感じなんだけど、あの去年の一連の事件はかなり影響があったみたいです。
 それでもコンサートに足を運ぶ人たちは、たとえ7800円、運が悪くて無駄になろうとも、ききたいって思いながら来る人たちなんでしょう。
 アンコールで「I love youから始めよう」が始まった途端に、前の方にダッシュしてた人いました。
 ありがたいでしょう、玉置さん、こんなに愛されて。
 たぶん昨日会場にいた人たちは、玉置浩二を疑似恋愛の対象として見てた、かつての人たちとは、かなり違いますよ。
 

 ま、去年はいろいろありました。
 青田典子さんとご結婚されて、騒ぎ起こして。
 客は減りましたが、アルバムの出来がいいのと、それでも負けずに頑張ろうとしてたおじさんに、全部帳消しでOK?
 で、またコンサート他のとこも行きたいんだけど、残念ながら仕事の都合がわからなく、でも幸いなことに皮肉なことに、今年は当日に当日券が余裕でとれそうな感じ。
 んー、でももうテレビカメラの前でちゅーはやめてほしいな。
 あと、衣装はどうでもいいんだけど、シャツとスラックス(ブランドもの)の時が一番いい男に見えたな、今までの中で。
 ああいう衣装の方がいいんですかね、よくわかんないけどさ。
 
 
 コンサートの後、一緒に行った友人と言ってました。
 いつ訃報がやってくるかと言ってたのが嘘みたいだと。
 いやあ、今また生できけるだけで幸せですよと。
 ソロでも安全地帯でもいいんですよ、曲は。いい曲ならなんでもOK。
 20曲もやれば大満足ですよ。
 ただあのしゃべりというか寸劇の分はいらないかな、CDでもライブでも。
 私も作業してきいてたら、あそこの部分が集中きれてしまう。
 WOWOWを収録するつもりで、追加公演があるなら、渋谷公会堂がいいですね。フォーラム音よくないし。
 
 コンサート中、私思わずききながら祈ってしまいました。
 悪人どもは、人から奪ったものをその運命で全部返しますようにと。

 おじさんたちは戦っている、と、アルバムをきき、コンサートに行って思った。
 理不尽に攻めてくる敵と。
 私も戦おうと思った。
 こんな時代だからこそ、正義を信じ、正義を行う。
 たとえ何度つまずいても。
 たとえかなわなくても。

 だって後悔だけはしたくないじゃん。
 後悔しながら死ねる?
 あと何年生きられるか、わからないのにさ。


 ――そんなことを思った、東京国際フォーラムでした。
posted by さきはなきよら at 01:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽の話