2019年09月21日

台風の全面復旧は一年経っても…

 去年の台風21号での被災からの復旧は、まだ終わっていません。

 去年の台風21号でベランダの壁際に穴があるために、そこを伝って階下の居間に窓枠から大量の水漏れが起こり、一階の部屋が水浸しになった。葉っぱがベランダの排水溝をふさぎ予想を超える雨が降ったためにこの穴というか隙間を伝って壁から窓枠に水漏れが起こったらしい。それで台風の風が弱まると同時に雨戸を開けて排水溝をふさいでいた葉っぱを除去、ベランダの水は一気に排水溝から樋を伝って流れたため、居間への浸水はなくなったが、出入りの業者に連絡し、見てもらったけれども、一年経っても修理には来ない。一回別件では来たけど、まだうちまで手が回らないのだという。
 先日学校で出版社のお嬢さんと話していたら、うちもまだ屋根の修理に来ていないんですよ、よりひどいところを優先しているせいでしょうね、なんて言っていた。大阪市内の生徒は家にまだ帰れていませんとも言っていた。
 千葉の本年台風15号の停電。ちなみに去年の大阪も電柱が倒れたために、全面復旧まで2週間かかった。ついでに言うなら、その数か月前に地震があったために、泣き面に蜂だった地域もある。ところが翌日に起こった北海道地震のために、大阪の被害はほとんど翌日には満足に報道されなかった。地方局が取材し、泉南市で電気が来なくて大変なのよ、とおじさんが話しているような映像が出ていたが、それ以外は関空の被害のみが若干報道されて、他はほとんど報道されなかった。
 故に去年のケースを参考にすべきなのに、ほとんど取材映像がマスコミには残っていない。だいたい風や浸水の状況を丁寧に取材して紹介していたのはNHKのクローズアップ現代+だけで、ほとんど報道されていなかった。知事は災害救助要請するどころか、万博の招致活動に翌日には海外に行ってしまった。その後富田林市でビニールハウスを3年前に設置したばかりなのに飛んでしまい、それに対する支援を府に要求したが何も返事がないという取材映像は見た(その後どうなったかわからない)。が、今年の千葉のように「政府が支援」などといったのをきいたことはなかったような気がする。
 公平って何だろう。
 翌日以降三日目も千葉の停電は報道されていた。「去年とえらく違うじゃない、東京に近いから?」と家で話していた。
 政府もマスコミもいつまでも千葉を…いや、他の地域を報道しないのは、東京から遠いせいだろうか。

 去年の大阪に比べれば千葉の人はいろいろ言うなあ、え、支援物資とかまで送られてるの?ブルーシートがただで配られてるの!?寄付!?義援金!!??などと思っていたが、思えば関東の人は台風になれていないのかもしれない。というか、慣れていないのだろう。先週サタデーステーションで俳優の石坂浩二氏が「台風の被害が円の東側でひどくなるなんて知らなかった」と言っていた。いやいや、東側じゃなくて円の右じゃないんだろうか(つまり南や南東のこともある)。前日台風の予報円を見ながら素人の私でさえ「千葉の被害がひどくなる」とか言ってたのに、被害の状況を見ると「なんですか、それ」という感じで。備えがないから憂いだらけなんじゃ…と思ったが、要するに台風慣れしてないのと、西日本でたびたび訪れる台風の被害の取材をマスコミが怠っている上に流さないものだから、さっぱり知識がないのだと思う。あれだけ大きな台風が来るのに前日自治体が避難所への誘導もしてないよね(してるのかな?)
 
 2011年に私は東京にいたのだが、その年に台風が来て重装備(上下雨合羽、サンバイザーで風と雨除け、撥水リュック、雨靴がないので運動靴にビニール袋)で出勤したら、みんな普通の恰好でのほほんとしていたので、「あれ?台風来るんじゃないの?」とか思っていたら、確かに間違いなく台風は来た。暴風警報が出たので生徒を帰すという話になり、外の様子を見て生徒が「こんなひどい中帰るんですか、学校にいた方がましじゃないですか」とかいうので、「これからもっとひどくなるから今のうちに帰りなさい。でないと帰れなくなるよ」と言って「マジっすか?」と言って走り去ったのを見送った。
 確かにあの帰宅判断は遅い(いや一番びっくりしたのは台風来るのに傘がない生徒がいたことだ)。
 それで夕方になるにつれて私が「大変な被害になりますよ」というと、他の先生が「何?何が起こるの?」とかいうので、「死人が出ます」とかいうと、「うっそーまっさかあ、どうやって?」とかきくので呆れて、木が折れて落ちてきたりものが倒れたり風で吹き飛ばされたり車が飛んだり…とか説明するんだけど、「ふーんそうなんだー。」
 この人たち本当に知らないんだろうか、といぶかりつつ、勤務時間が終わり、台風の進路予想を見るともうちょっとしたら台風の目のあたりが来るからその時帰ろうと思い、帰ろうと外に出ようとしたら夜勤のおじさんが追いかけてきて、「先生! こんな時に外に出たらダメですよ!」とかいうので、「大丈夫ですよ、もうすぐ目にかかりますから」とかいうと、「ダメですよ、何言ってんですか!何かあったらどうするんです!」としつこく、あんまりうるさいので(絶対何も起こらないとも言えないし)、結局職員室に引き返した。
 なんのために重装備で来たんだよとふてくされて窓の外を見てたら、案の定風がおさまる。
「見ろ、おさまったじゃないか」と思ったが、皆さんまだ出ない方がいいというので結局数時間後かな、出たのは。
 とにかく経験もないし、知識もないのだと思った。
 毎年毎年報道されている台風の被害にも無関心だったのかも…いやいや、もしかしたら東では報道すらされていなかったのかもしれない。
 もしかしたらその東京で死者が出た8年前の台風の後にちょっとは報道がよくされているのかと思ったが、たぶんされていない。去年の21号、大阪の住宅街、居間に一夜で木が生えたとか、何も飛んでこないと思っていた高層階のマンションの窓が、向いのビルの壁がはがれて飛んできたために全壊になったとか怪我をしたとか、知らないんだろう。実は私も去年の台風のけが人がどれぐらいいたのか全然知らない。でも東京では自分たちの経験した8年前の怖さだけは残っていて、一昨年の台風5号で滋賀県の姉川が氾濫しそうだとかいうのに、その直後にカメラを、おそらく大して被害が出るまいと私にもわかる愛知岐阜、そして無風の東京駅に切り替えてしまった(そして姉川は氾濫した)。

 もう西の人は東に偏った報道に誰も何も期待してはいないと思うんだけど、でももしもっと取材して報道していたら、今回の被害はもうちょっと精神的に楽だったかもしれない。懐中電灯、水の備蓄、加えて台風の規模を見て、来る前の避難所の開設、これぐらいは全国に呼び掛けておくほうがいいのではないかと思う。

 さて去年被害にあった富田林の農家の人はその後どうなったのだろう。そういえば大阪だけではなく、もうスーパーに出ていい頃なのに、なぜかすだちが全く見当たらない。これの原因は不明だけど、手当は何もなしですか。千葉の手当を訴えた国会議員たちは、どっちも気がついていない気がする。

 一応富田林のビニールハウスの被害記事載せておきますね。(府議と農水省は動いてる感じはする。足りない程度で。)
 https://www.asahi.com/articles/ASLC95HZBLC9PPTB00H.html
posted by さきはなきよら at 23:53| Comment(0) | 日々雑感

2019年05月15日

楠木正成について

 かつて私が歴史上好きな人物を三人挙げた覚えがある。
 菅原道真、張良、そして楠木正成である。
 三人に共通するのは「策士」というところだと思う。中でも張良は私に「私も参謀になりたい」とおバカな夢想を抱かせた人物で、これが諸葛亮ではなく張良だったのは、ひとえにさりげなさにある。諸葛亮はなんか私には目に見えて才気走った感がある。「は、この人すごい」と、よく考えるとすごいと気づかされる、そういうすごさがやっぱりいいな、なんて思うんだけど。
 なんで今回こんなこと書いているかというと、三人目に挙げている楠木正成なんだけど、いつだったかに私がライトな人間だからといって天皇崇拝をしているような勘違いをしている人がいた。
 違いますよ。
 楠木正成が好きなのは、まず郷土の英雄だから。
 楠木正成はうちの地方ではまず物心つく頃から祭り上げられていて神みたいな存在だった。子供の頃は間違いなく神様の一人だと思っていた。これが人間になったのが小学校三年ぐらいの時で、社会科で郷土史をやり始めるんだが、ここで歴史上の人物だと知るように至る。ここでは決して後醍醐天皇へ忠義を貫く忠臣とは教えられず、幼名、教育、地元の治水・分配事業や、いかにあの戦を戦ったかを教えられる。郷土史を学ぶ段が過ぎても、折に触れて正成のエピソードは社会の授業のどこかで出てきたり、生きていたらどこかで正成の話とすれ違ったりするのだが、大人になる頃にはそのゲリラ戦を通して「アイデアマン」ということがだんだんわかってくる。策士なんだよね。
 それで鎌倉方に勝利する一ルートを築くわけだが、あの小さな田舎からよく時の政権を倒す一勢力になりえたものだと感心する。
 そしてその死に際を、後醍醐天皇への忠義故にあえて裏切らず後醍醐天皇方につき、「天皇家への忠臣」として近代持ち上げられるのだが、私はその解釈は違うと思う。
 だって天皇家への忠臣なら、天皇になる人にひたすら忠義をつくさない? 後醍醐天皇の立場が危うくなり、廃される状況になれば、ちょっと様子見るよね。
 そうではなく、正成の場合は、後醍醐天皇という一個人への忠義だと思うのだな。
 忠義という言い方も何かふさわしくない。そりゃ立場上は忠義になるけれども。
 簡単に言えば、私が思うに正成は、後醍醐天皇が好きだったのだな。恋愛のそれではなく。
 もちろん前の政権の初期、鎌倉方についた人たちが、後どんどん滅ぼされていったことを考えれば、たとえ足利方に寝返っても、後一族ごと滅ぼされ、さらに天皇を裏切った逆賊という汚名まで着て歴史に名が残ることも想定し、そういう計算も働いていたかもしれない。でも彼が後醍醐天皇から離れなかった理由で一番大きいのは、後醍醐天皇とすごく気が合ったからではないのか。不敬だとののしる輩を恐れずに書くならば、親友だった。
 で、この、気が合ったからというのを想ったのは相当後になってからで、後醍醐天皇の陵墓に行ってから。意外だった。最初は人里に向かって作られているのかと思っていた。なるほどな、こういう場所がいいんだと思うと、正成とは気が合っただろうなと思ったものだった。
 気になる人は一度奈良県の吉野山にある後醍醐天皇陵墓と、千早赤阪村の楠木正成誕生地駐車場から西の景色を眺めてごらんなされ。城跡がいくつかあるから、それをめぐるのもいいかもしれない。
 私の中では、正成が「友のために命を捨てた」。
 男の友情っすよ。
 その潔さがやはり正成の気持ちのいいところ。
 歴史の解釈はいろいろあろうし、そんな感覚的なこと言われても…と言われるかもしれないけれど、私は歴史学者でもなんでもないし、忠臣としてあがめ奉られた正成も知らず、それどころかゲリラ戦で命を失おうとも、今もなお村人に「楠さん」と命日だったか生誕日だかに偲ぶ祭りを開かせる、知っているのはそういう人物像。あの小さな山村から、時の政権に大打撃を与えたアイデアマン、気概、男気。
 世間でなんとなく知られている正成と、私の中の楠木正成は違う。
 東京の皇居近くに忠臣として像があるそうだけど、むしろその「忠臣」の方が違和感を覚える。「忠臣」で片づけられると激しくイラっとする。

 私も左派は十把一絡げにしがちだけど、右派にもいろんな右派がいる。
 憲法改正だって、いつまでも日本国内に多く米兵を駐屯させて、騒音と事件に悩まされるのもいかがかと思うのと、いざとなったら日本国民のために命を捨てるかもしれない自衛隊員に、いつまで「違憲だ」と言って攻撃するのかと思うから改正賛成なのであって、別に戦争したいわけではない。「教え子を戦場に送るな」と掲げている教職員組合の人達も、自分の教え子が攻撃の矢面に立った時、「やめなさい、もうみんなで死にましょう」なんて無責任なことがいえるのかと思う。(だいたいあの人たちはこちらから戦争に行くことしか考えてない。実際は襲撃の可能性の方が高い。武器を持たなかったおかげで攻撃されなかったとかまだ冷戦時代の状況と混同している。)特に沖縄で米兵による暴行事件が起きるのだって、妻や恋人と長く離れ、恋人さえも作るのが難しい状況だから起こるのであって、これが遠くても二時間で済む距離の日本人ならまた違ってくるはず(要衝故に兵の駐屯はまぬかれないという事実を前提で)。いつまでもアメリカに守られて、いつまでも国として自立しないのはいかがなものか。それに憲法改正すれば、もしかしたら弾道ミサイル(核爆弾搭載のも含めて)を無化できる人工知能による「弾道ミサイル方向転換ロボット」とか作れるかもしれないじゃない。研究費が増えれば、別のところに応用も可能になる。だいたい今携帯電話が普及しているそもそもが誰のおかげかというとアメリカ軍のおかげで、確かに負の側面は大きいけれど、技術発達に一役買うのも事実。核に勝つのは核ではなく、核を無化する技術と政策だと思う。

 ただ人を殺すから戦争をしたらいけないのではなく、なぜ戦争をしたのかからをまずきちんと教え、二度と繰り返さないための教育をすべきじゃないのか。こんな食糧自給率も低く、資源もなくてエネルギー革命も後手後手な国で、いざただ海を囲まれただけでも、攻撃するか飢え死にするか侵略されるしかない状況を作っている現状、そしたらまたあの戦争の二の舞じゃないか。いざとなったらどんなに平和教育されていても自分が死なないために家族が死なないために発起してしまうものだ。
 戦争を美化して、死ぬ時の悲劇をお涙ちょうだいで売りにする作品も、誰も非難しない(私は嫌いだ)。左翼がそういう作品を非難しないのも、不思議なことだ。あの人たちは、なんのために何と戦っているのだろう。武器さえ持たなければ、最悪の事態を回避できると思っているのだろうか。最悪の事態に追い詰められたら一か月と持たず全部ひっくり返してしまう。人というのはそういうものだ。
 楠木正成のように、信念と心中する人はまずいない。
posted by さきはなきよら at 13:00| Comment(0) | 日々雑感

2011年04月03日

ミスチル、桜井書き下ろしの…

 今日は奈良県天川村へお参りに行ってきました。
 雪でした。
 洞川の方は梅もまだ咲いておらず雪が残っていました。
 まああちらは格別に寒いですが、それでも、もう四月なのに寒いです。
 しかしなんですね、人通りが本当に少ないですね。
 

 さて、ミスチルの桜井和寿が被災地支援のために作った曲を配信するそうで、それにあたってコメントを寄せていて、私流に略すと誤解が生じてもいけないので、一部そのまま転載すると、

 >でも曲を作って人を感動させるという行為も、この災害を前に不純に思えてしかたなくて、どうしたらいいのか何日か悩んでいた。
 
 同じ文脈で理解してるかどうかはわかりませんが、ちょっと思ったんだけど、こういうのって小説とか書く人って「いつも」じゃない? 

 人の不幸を書いて感動させる。
 人の死を題材にして感動させる。

 いつもじゃない?
 で、割としょっちゅうそのことについて考えたりしない?
 私はするんだけど。
 『巫女姫物語』を書いている時も、中編書き始めてからしばらくした頃、あのJR線脱線事故から何年ということでニュース番組で特集をしていたのを見て、実際遺体として写真見るまで死を受け入れられなかったという遺族の方のエピソードが紹介されてたんだけど、「あー、そうかー」って思いながら、ちょっと立ち止まり。
 別に『巫女姫』に限ったことではない、『緑青の海へ』でもそう。
 過失が人を死なせることもある。
 そして、立ち止まり。
 でも進む。
 さらに、感動させるように書く必要があれば、やっぱり書く。
 ただそこでいつも注意しなければいけない、というか、注意しているのは、同じようなエピソードを持っている人が、その時の登場人物の心の動きなり心情なりを読んだりして「違う」と思わないようにと気をつけてはいます。
 なぜなら、誤解とか、心象の間違いは、一番その人を傷つけるから。 
 私もストーカー関連の人に心の読みを全問不正解状態されていた時期があるので、わかるけど。

 
 でも、それを書くことによってあんまり「感動させる」って私は思うことはないんだけど。
 「感動させる」って言葉は非常に抵抗がある。
 どちらかというと、「心を動かす」。
 良きにつけ悪しきにつけ。
 平坦な日常の、あるいは、動けない心の、導火線なり、チャッカマンなりとなって。
 それでいいんじゃないかと思うんだけど。
 ま、それが結果として感動であったりもするんだけどさ。
 
 
 結局批判が怖いってのもあるんだろうけど、あるいは、人の不幸の上に業績を重ねる後ろめたさってあるんだろうけど、そんなこと気にしてたら何もできないし(特に人を題材に使うストーリーものとかは)、その批判さえも、何もない日常からしたら、いろんな力になりませんですかね。
 それが何かは、いちいち書かないけどさ。
 された本人の、のりこえる強さになったり。
 さらなる深みを目指したり。
 した本人の思考の元になったり。
 それをきいた人の、思考のもとになったり。
 そして、それぞれに答えを出せば、新たに動ける力になるんだから。
 
 
 そういうわけで私は、それぞれに意味がないとは思わないんだけど。
 その根本に、誠実さと、気持ちとしての「本当」があればいいんじゃないですか、と思うんだけど。
 ない、というか、別のことが透けて見えると、それをみんな敏感に感じ取って、批判が大勢になったりするんだよね。
 悪くいう人、わからない人には、いくら言ったってわからないものだし。
 
 
 余談ですけど、小説の場合、たまに誤読で批判が出ることあるんだけど、まあ、書き手もそれは書き方が悪かったって反省せねばならないところではあるかもしれないけど、『時をはらむ女』って小説書いた時に、「本当の恋」っていう単語が出てくるセリフがあるんだけど、そのセリフ全体の文脈は、「これからやりたい盛りになる君は、それやりたいままにやったらあかんよ」って、小六の男の子に対して書いたセリフだったんだけど、これある一定年齢に達した人何人かから「あなたは何もわかってない」みたいに言われたことがあって、いろいろ批判されたこともあったんだけど、「いや、あの、あなたのいう文脈では、私もそんなこと考えてないですぅ…」とか思ったことがありました。
 一人称小説だけど、大人の作文書いてるわけじゃないですし、セリフを言った「なみ」という登場人物に即してのセリフなんで、まあ当然です。
 全部の登場人物が言うセリフをいちいち私個人のものとして考えてたらちょっと問題です。分裂症です。
 まあでもなんでそんなことが起きるかというと、読んでいる側が自分の感情入れて読んでしまうとこがあるんですよね。
 そこが難しいところ。
 今から思うに、このことに対し批判した人は、概して「本当の恋をしたいと思っていたが、そういう人とは出あわずに〜」ってなった人なんじゃないかと思うんですけど。
 書いた側は感想受けるのは一人じゃないので、下手に批判すると変なとこまで邪推するので、読み手は作中人物の考えに関する所までは、あんまり口やかましく言わない方がいいです。
 もちろん論理的に筋が通ってなければ、それ以前の問題ですけど。
 
 
 なんか話がずれてしまった。
 今回の震災で「今私にできること」というセリフを耳にたこができるぐらい聴きましたが、なんか昔似たようなこと考えてて、それが『眠りの森』って小説でも書いてました。
 今あんな恥ずかしい小説間違えても書けませんが。
 あれ、十代だから書けたんでしょうねえ。
 そんな頃に震災ってあったっけ。
 いやいや、そうではなく…。
 
 
 さて、で、『眠りの森』じゃないけど、瀕死の日本が目覚めて、この局面を打開できるのか。
 とりあえず桜井さんをはじめとして、チャッカマンなり導火線なりに、なっちゃってくださいよ。
 「金」だけじゃ、心の火はつかないんだし。
 心の火がないと行動へと移らないんだし。
 ストーリーものに「即時性」は厳しいですしねえ、音楽ですよ、音楽。
posted by さきはなきよら at 18:18| 日々雑感