2015年08月02日

「徴兵制」を空想してみた

 暑いですね〜。もう外は立ってるだけで暑いですよ、昨日今日。
 終戦70年を前にして「徴兵」なる言葉が世間で踊っている。
 子供を戦場に送るな?
 ということで酷暑の中での訓練を考えてみた。

 熱帯雨林を想定した山の中の行軍訓練。
「あっつーい、アクエリないの、アクエリ」「ポカリでもいいよ。」
「おーい、自動販売機ないのかよお。」「あっても買ったらダメだとよ。」
「そこっ、うるさい。黙って歩け。敵に気付かれたらどうする!」
「うっせーな、俺らの親の税金で給料もらってんだろ。エラそうな口たたくなよ。」
「何? 訓練中だ! 実戦に備えて行っているものを」
「おーい、この兄ちゃんどうする、みんなでしめる?」
「おい、ちょっと待て、○○が倒れたっ!」「ええっ!?」「熱中症か?」
「○○帰宅部だもんなあ。そりゃ倒れるのも無理ないわ。」
「休憩、休憩、停止してよ、停止。はー、○○のおかげで休める〜。」
「ちょうラインでさあ、▽▽が今どこにいるか教えて、だってよ−。えー、第四分隊は−。」

 とりあえず徴兵制なるものをしくにはですね、もう一回一億総農家の子どもに戻る。
 子供のころから農業をしていたあの肉体に回帰し、車や電車、冷房なんて満足にない時代に戻る。さらにお上に絶対服従の精神を取り戻し、学校や官公庁に文句言うような奴からして叩き直す。精神から作り直さないとダメですな。
 そうなってくると江戸時代には推奨された儒教精神を学校教材の中に取り入れないといけないって話になるんでしょうかね。韓国なんかそういう教育は学校じゃなくてもしてるもんね。
 もう一つ問題なのが、指導者の方が服従心の強い集団以外の人間を、鉄拳制裁をお見舞いしてでも統率しようという精神力が必要になるんだけど(しかし実際鉄拳制裁をお見舞いすると、マスコミの餌食に…)、そもそもそういう無頼どもを武器や給与・昇進・配属で抑え込めないのに、気力迫力だけでできる強い人物がどれだけいるかという話で、さらに東南アジアや中東あたりにいくと必要なのが、大量のワクチン。ちょっとしただけで感染するし子供のころから耐性がないので万が一のことを考えて全部打っていかないといけない。
 結論。無理。
 だいたいね、政府もそんなこと期待してるかというとね、期待してないと思うの。今の高校生って毎日見てるけど、ひょろっとして幼くて、すぐ熱出すしお腹痛くなるし学校休むし、それが十歳年をとって何か変わるかというと大して変わってないし。
 結局志願した人たち、つまり軍を想定してあの集団的自衛権なるものがあると思うのね。
 で、そもそも先の大戦の終戦に至るまで、なんで日本の徴兵が可能だったかというと、それだけ自然と皆鍛えられていたからだし、なんのことはない、江戸時代から脈々と続くお上に対する従属意識というのが非常に高かったというのがあるのよね。だからそれなりの税金を払えないなら体ではらえ、さらに上のいうことはきけというのが常識としてまかり通る精神風土があった。口答えしたらぶん殴られても仕方がないのが戦前。一人おかせば村八分にされるのが戦前。
 果たして精神構造も学力も全く違う現代にあって、徴兵制が可能かと。私は無理だと思う。精神構造からやり直すのに3〜40年はかかる…3〜40年でできたらいいけど、なんか絶望的な気がする。
 
 もう一つ戦前戦中の軍のああいう気風(例をあげるなら、「貴様それでも武士か!」とか、敵に捕らえられるなら自決する、みたいな)を作ったのが軍の人員の多くをしめた士族階級なわけで。要するにじいさんあたりまでたどるとれっきとした武士という。
 明治政府が国防を考えるにあたり、軍をどういうメンバーで構成するかでは一つもめた経歴がある。プロ集団の軍を創設するか、徴兵である程度民間人からまかなうか。
 士族階級としては自分たちの特権意識が失われるのでプロ集団の軍を創設することを期待したとものの本には書いてあった。ところが政府は民間人から大量に兵を徴用することになったと。まあ予算の問題もあったんでしょう。そこで士族階級の不平不満はたまっていき解消されないまま時を経、ようやく日本がいくつかの戦争に突入すると、それで軍にいた士族たちと徴兵された不満分子は面目躍如として軍の中で亡霊のごとく武士道を奮い起こして活躍し始めることになる。
 これが終戦とともに800年続いた武士の滅亡となるのだが、今の日本にはそういう精神的な背景がまるでない。無理にでも押し通す力、いざとなったら命を賭してでも戦う根性。あるいは、戦わせる根性。

 「教え子たちを戦争に送るな」とか日教組も言ってるんだけどさ、無理でしょ。
 体のつくりと精神的な背景がまるで違うのに。はっきりいって自衛隊に民間人あがりの2年ぐらいしか訓練してない連中がいっても使えないわ。日常生活からして全然違うもの。
 弾が飛んできたら逃げるか、怖くて自分で死ぬか、卒倒して意識不明の大重体になるわ。
 「お腹が痛いので明日行軍休みます。」
 明治以降終戦までの精神的な歴史と、状況を考慮して、徴兵制とか言ってる人たちはもっと考えてほしいわけね。一瞬テレビで有識者たちが立ち上がったとかいうの見て、「この人たち本当に有識者かい?一回日本の子どもと直に会って話した方がよくない?明治以降の精神史も勉強した方がいいべ」と思ったわさ。
 冷房のよくきいた家の中でテレビ見ながらゲームするように戦争ができるなら別だけどね、そうとばかりもいかないでしょう。

 *安全保障に関する法案が、戦争法案なるものという主張にのっての話です、念のため。
posted by きよら at 18:02| 日記

2015年07月28日

なんだ今の報道ステーション

なんだ、今の報道ステーション。
なんか自民党の集団的自衛権について説明したアニメのパロディを紹介してたんだけど、そのパロディの中で自衛隊の緊急出動が10年前の7倍になっているということで、そこになんで一番少ないときと比較するんだよと。
ちなみに今と同一レベルは1965年頃。
さらに報道ステーションではそのツッコミをしてるあかりちゃんにゲストに来ていただきたいと。
緊急出動は日本の総計であって沖縄地方だけとは言えないと思う。
…あのね、1965年ってまだ冷戦時代だよね。終戦、朝鮮戦争ときて…うーん、はやい話、今の緊急出動はその当時ぐらい多いってことなんだけど。それはかえってやばいってことじゃないのか。戦後二十年の、近隣国で戦争やってる時と同レベルってことだよ。
ねえ、その指摘がないのって素人ならともかく報道番組ができないってどうなの。
私は1965年当時と同じだけに危険が増してるってことにあらためて驚きなんだけど。
だってもう70年安保で日本がアメリカとの関係で得ていたはずの安全が無効になっているって証明されたようなもんでしょ。アメリカなんていたってもう中国には意味ないんじゃん。だって日本国内の我々にとっても信用できないし、アメリカ。中国だっていざ攻撃した時、アメリカは場合によっては手出ししないとにらんでないとはいえない。

私は報道ステーションに一回質問してみたいことがあるんだよね。共産党にも。
日本をつぶすに武器は要らない、石油か食料輸入をとめればいい。中国が本気だして軍艦で囲む。攻撃しない以上はアメリカも手出ししない。
その時どうやって日本の国内の秩序と安全を守るのだろうか。そして、当然その危機はどうやって回避するのか。
同盟国とはただ同盟を結んでおけばこと足れりなんですかねえ。私はまだこの集団的自衛権の必要性については言及する気はないんだけどさ、このネタについて話する時の共産党やテレ朝やTBSに対していつもその「日本に来るべき危機」についての疑問が頭をもたげる。
でも今日報道ステーション見ていて、なんかろくな答えが出てこないんじゃないかと思えてきた。
一票の格差で地方の議員を減らしましょう、積極的になってるの左派で、地方を大事にして食料自給率を増やすどころか横ばいにしようなんて姿勢はみられんもんね。現況考えたらそんな格差なんて無視してむしろ増やしていいぐらいだとは思うんだけど。
彼らは一体どこを見ているんでしょうね、日本の未来の。
posted by きよら at 22:59| 日記

2015年05月31日

橋下氏政界引退について

 書いた記事の反応が早くてびびった。

 橋下氏が政界を引退されると発表されたので、記念に私が過去に書いた橋下氏関連のものをカテゴリを設けて再表示しておきました。
 結構あるようで、名前がちょろっと出ているだけのものもあります。
 さて、
 
 大阪維新「都構想」の資料掲載について
http://natsuno773.sblo.jp/article/115483858.html

 これを書いた後に、次も書こうと思っていたのですが、その後のいろいろを見ている間にあまりの稚拙さに馬鹿馬鹿しくなりやめてしまいました。
 二重行政を説明してあるんですが、市内に府の建てた建物と市の建てた建物がそれぞれあって「二重行政」。
 そんなこと言ってたら全国二重行政だらけだ。
 しかもそれらのものは必要だからそれぞれが建設したのであって、決して無駄遣いのたまものではないと思うんだけど。大学にしても病院にしても他の施設にしても。
 またバブル期に作ったものも負の遺産として挙げられていたんだけれども、それはバブル期に作ったものだからだと思う。確か民主党が政権につく前にやたらとバブル期に建てた、現在採算がとれていない公共施設をテレビ朝日あたりが「税金の無駄遣い」だと言ってたんだけど、バブル期では財テクとしてはそれが常識だったのに何言ってんだと、ブログで叩いた覚えがある。一瞬都構想のホームページを見ながらデジャブかと思ったんだけど、思い返せばそういうことだった。
 さらに都構想の住所書き換えにかかる費用はいくらばかりかと探してみたら朝日新聞の試算で600億円となっている。それは維新が都構想全体にかかる費用と同じ。どちらが正しいかとも言い難いんだけど、だいたいこういうのは「予算削減」といって大事業を通したい方が無理な見積もりをしていると考える方が自然で、上のホーム―ページの破たんした内容からしても維新の試算には相当無理があるなと思ったし、おそらく彼らは「想定外の事態」を想定していないので(例を挙げるなら民主党政権時代の震災)、これはホームページを担当しているブレインのお粗末な頭からしても相当厳しい失敗に終わるだろうなと思った。
 しかも失敗しても元に戻すとまたそれ以上の金がかかる。大混乱の中橋下氏は一家心中もまぬがれぬほどの責めを負うのではないかと予測した。賛成多数ならハードランディングで落ちていく、反対多数ならソフトランディングで落ちていく。
 故に私は上の記事の続きを書かなかった。
 書いた方が私を敵視する方々が躍起となって某所で暴れるだろうと思ったし。
 それでおとなしく静観することにした。
 
 確か都構想というのは統一地方選挙が終わった時には賛成多数で、それがわずか一か月でひっくり返ったはず。その間に都構想反対の研究者がテレビでどれだけ都構想がいけないかを説明して橋下氏がその人をテレビに出すなと圧力をかけたり、学者100人が都構想反対集会を開いたりした。そして投票10日前あたりから、それぞれの賛成・反対の理由を挙げるときに自民党が「市の税金が府に吸い上げられる可能性がある」「住民サービスが低下する」をピンポイントでテレビであげていたので、これが総合されておそらくあのわずかな差のひっくり返りになったのだろうとは思う。ただ、それはわずかな差であって、それゆえに動いた低所得者や高齢者はパーセンテージからしてもわずかなものじゃないかな。ネットで記事を見た限りはすべてのように書かれているけれども、相変わらずマスコミって馬鹿だわ、としか思わなかった。あれだけ橋下氏に有利にいろんなことが動いたということはマスコミを相当うまく操っていたのだろうし、マスコミも彼の恩恵を受けていたのだろうが、まあ確かに政治家としていなくなったら困る人はたくさんいるだろう。だからメディア復帰よりも政界復帰を待つ記事の方が多いのだと思う。また恩恵にね、あずかりたくて。逆に今の地位を失いたくなくて。でも住民投票二か月前にちらっと菅氏が援護射撃して以降、自民党は一切手を貸さなかったんだから、たぶん政界復帰はないと思う。

 この都構想なり橋下応援なりは、どこかその民主党が政権をとった時や小泉郵政選挙と近い「熱」を感じざるをえなくて、「よく検証してごらん、おかしいでしょう、無理でしょう」なのに、言葉ばかりが先行して中身をよく検討していない人が多く、どうも胡散くさかった。橋下氏が宣伝文句で唱える二重行政だの無駄だのをネットでよく見かけたんだけど「あなたはそれのどこが一番ひっかかるの」と思えるほど具体性がなく、一体個人的には何をもってして都構想を応援しているのかがわからない。橋下氏に対しても同じで、大阪府下の行政をもってしてもただ大阪だけが経済対策をせず雇用、景気共に大幅に立ち遅れ(これは自民党大阪府連会長も記者会見で言ってた)、行政は人材の流出、人員の不足、あるいは応募のなさが災いして未来は暗澹たる状態になっているのに、のんきに都構想ばっかりやっててその対策を打つ気配もないのに、なんか激しい礼賛をしている。さらにその最悪の状況でありながら、まだ公務員を締めろという意味不明の民衆。
 私は橋下徹という人は政治家の才能はないと思う。
 あると思うんだったら安倍晋三の時みたいに、すべての人が辞めろの大合唱をしてても擁護するけれど、橋下徹にはないのでしない。だいたい小泉改革・民主党の仕分け・東京都の教育行政のパクリでできている彼の発言を評価するのは無理だし、平時に低所得者のクビを切り、民営化といっては路頭にまよわせ、人の人生を狂わせて平気な指導者は指導者たる資格はないわ。

 あの会見で印象的だったのは、「人の恨みを買った」と言う言葉。「政治家なんて使い捨てですよ」という言葉。感情論で政治家は倒せるものではないし、一応多くの有権者に選ばれておいて非正規と同等とだというのは無理、というか失礼だと思う。
 自分でまずい都構想なるものを立てておいて、多くの学者に検討されて反対され、やばいと思ってたと思う。WTCの時もメディアでさんざん言われて学者先生にご意見をお伺いしてやっと撤回した。
 でも今回はもう学者先生に反対されても住民投票が待っているので後にはひけない状況になっていた。
 けど負けたら政治生命が終わるので、できたら負けたくない。
 その瀬戸際であえて「負けたら政治家は辞める」という賭けに出たのだとも思う。
 潔いか?
 これほど見苦しい「逃げ」はないと思うんだけど。
 あの笑顔は学者先生たちに警告されたことが事実となったときのハードランディングを免れた安堵と、今まで自分がやってきたことに対する仕返しを免れるための媚びでしかないと思う。表に出ているだけでも相当きついことをやってきた。訴訟の数だけでも半端じゃない。裏に回ればもっといろんなことをやってきただろう。
 彼が引いたあと、維新の潮がひいて、さて何が暴かれていくのだろうかと思う。
 傍若無人にふるまって、地位を失った元政治家ほど弱いものはない。
 別に政治家に限ったことではないが。

 今は天寿を全うされることを心よりお祈りいたします。さようなら、橋下徹。
posted by きよら at 22:30| 橋下徹政界引退記念

2015年05月06日

大阪府公立学校非常勤講師低賃金問題

 タイトルが漢字ばかり17字。
 さて、タイトルの内容を確認するために、大阪府教育委員会が掲載している講師希望者登録の詳細にリンクしてみよう。
http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/4487/00165664/01_h27kousitourokuosirasetogaiyou%20.pdf

 現行一コマ(授業時間)あたり2860円とある。
 時給にしては高いな、と何も知らない人なら思われるかもしれないが、だいたい一週間の教諭が入るコマの平均は15コマ。担任を持っていない場合は17〜18コマになる。いわゆる偏差値的に低い困難校と呼ばれる学校ではもう少し持ちコマ数が減る。
 仮に非常勤講師も15コマを割り当てられたとする。
 ぶっちゃけて先にお金の計算を。
 この2860円という給与であるが、時間単位で支払われることになっている。
 2860円×一週間のコマ数×35週(法定授業時間)=年収。
 仮に15コマ入るとすると、150万1500円が年収。
 週5日毎日6時間は拘束されながら、月平均すると12万5125円しかない。


 *15コマ入ると6時間は拘束されるということ。 
 高校生のバイトに毛が生えた感じだけど、高校生は社会保険も健康保険も地方税も所得税も払わないので、ここからその分をひくと、実質手取り8〜9万。
 教員免許の要らない塾の講師のバイトがおおよそ時給1800円。しかしこれは20人以内の生徒で、提出物の点検も成績の提出もない。一方学校の教師は40人を相手にするわけだから時給にするなら最低でも3500円はないといけない。
 つまり教育業界において格別に安い。
 ここで2つ問題がある。

問題@
 仮に週15コマ(授業時間)の設定だとして、実質授業だけやっていればいいものではない。
 そこでまたぶっちゃけると15コマも入ると一週間の実労働時間は一日6時間×5日で週30時間ほどになる。
 30時間では法律上、社会保険に加入させなければいけない。20時間で雇用保険に加入させなければいけない


 ところが大阪府の保険加入の要件は「実労働時間」ではなく、コマ(授業時間)数が基準になっている。
 現行多くの非常勤講師において違法の状態がずっと続いている。

 ただし上の給与は「授業をした時間以外は(勤務の)はんこを押さないでくれ」といわれ、年30週ぐらいしかないので、年収はもっと少ないと思っていい。(150万もない)
 バイトにしてもブラックバイト。
 なんてたって教諭の嫌なコマが回ってくるし。

問題A
 時間単位で支払われるということは、時間以外は労働時間ではないという想定のはずであり、非常勤講師は、授業時間以外は教育公務員ではなくなるということになってしまう。
 つまり学校外へ出た放課後や夏休みなど授業時間以外は教育公務員ではないから、教育基本法で禁止されている生徒に対して宗教活動をしようと政治活動をしようとなんら問題ない。

 だって受け持ちの授業時間以外の給与は支払われていないのだから、それ以外は教育者でも教育公務員でもないのだもの。
 これは橋下徹が府知事になってからこうなった。
 それ以前は1コマあたり月9900円。9900円×週の持ちコマ数で月給として支払われていた。夏休みも。
 だから15時間なら15万円ぐらいの固定給になる。
 それでも安い。
 東京都の場合は経験年数に応じて時間給が設定され、時間給×週の持ちコマ数×54週(夏休み含むということ)÷12カ月で月給として固定して支給される。月12コマで準常勤講師として社会保険に加入し賞与もちょっと出る。
 まあこれが正しいと思うんだよね。
 教育公務員法をクリアして問題が起きない予防線として固定給にしてしまおうと。
 労働法においても正規の何パーセントの労働時間を費やせば、待遇や社会保障はどうのこうのというしばりがあるし。
 時間外給与を求めて裁判を起こされると結局その方が高くなることもあるので固定給にしてしまう。
 これは教諭の時間外手当てで昔訴訟がいくつも持ち上がり、払っている方が財政を圧迫することがわかったので教員調整手当というのがつくようになったことでもわかる。
 昔の人はちゃんと考えてるんだよね。いろんなことを。最近の人がついちょっと思いつきでやってしまうとそういう「違法な問題」がいくつも出てきてしまう。
 改革以前に、考え抜かれた先人をちゃんと尊重し、そのやり方をまずは踏襲するということが大事なんじゃないかな。
 拘束時間や労働量に比してただでさえ安いしさ。
 大阪府は橋下徹が府知事になって給与を徹底的に下げ、例外を作らないということで非常勤講師もますますケチケチ給与になったんだが、もう講師を探すのに毎年度末どこの校長もたいへん。どこも主婦を見込んで頼みにしようとするんだけど、15時間だったら扶養控除オーバーしちゃうし、主婦以外でも15時間あればいいけど10時間だったら下手すると社会保険のためだけに働いてる、みたいなことになってしまう。デフレ状況下だったから仕事があればマシって感じでみんな受けてくれてたけど、もう教職にこだわりがない人だったらコンビニやら居酒屋でバイトした方がお金がいいっていう。
 
 ちなみになんでも民間の橋下氏に即して私立学校の非常勤講師給与を紹介すると、私が勤務した経験では一番高いところが月1コマあたり1万4200円だった。これに2カ月の賞与がついたと思う。最低が1万800円で、これにも2カ月の賞与がついた。
 講習の料金は別でだいたい一時間あたり1800円〜2000円。(注 府はボランティア。)
 するとどこかから「府は財政難で!」とかいうけど、やはり最低の賃金は保障せよと法律に書いている以上は保障せないかんわよね。
 民間は家計が苦しければ他にも仕事もてちゃうんだよ。
 ここで話はそれますが、講師に限ったことではないけれど、特に高校の先生たちはいろんな分野でスペシャリストな人が多い。「嫌ならやめろ!」と橋下氏は言ったけど、教諭で腕に自信のある人はみんなやめちゃって他府県に行き、私学に行き。新規採用も辞退者が17%とか。
 副業をしちゃいけないのに下げるとか、どういうことやねんと。それでなくても時間外労働が中学校で月100時間ぐらいあるのに(今みたいに仕事が雑多でない時代に決めた教育公務員調整額では全然足りないぐらい時間外労働している。)
 先生の万引き事件とかあったでしょう。無賃の時間外労働である部活のために残らなければいけなくて、夕方お腹がすいたんだけど橋下氏の大幅な賃金カットでお小遣いへらされてお金がなかったんだって。
 おなかすいてたんだって。
 部活やらなければよかったのにね。「先生は腹が減ってお金がないから家に帰る!」

 ちなみに私がいった上の私学は全部進学校だったけど、進学校でない、財政が苦しいところはだいたいその自治体の公務員の給与を参考に(つまり同額)決めるので、教育公務員に限らず公務員の給与というのを下げろ下げろと一般の方はおっしゃるが、結局自分の首を絞めているにしかすぎないんじゃないですかね。

 ということで安すぎる大阪府の非常勤講師給与。
 私だったらこの額でよりよい授業をとか恥ずかしすぎて言えないわ。
 来ていただけるだけでありがたいです、ああ、本当に、みたいな校長時々いるけど本当に来てもらうだけでもありがたいんです。途中で来なくなる(辞める)人も多い。
 夏休みが明けたら誰かがいない。
 4月になっても授業を担当する先生が決まっていないんだって。
 病気で穴があいても代わりがいないとか。
 
 昔大手掲示板サイトでどっかの(おそらく底辺校の)校長が、「学校名行った途端に断わりやがって!お前ら採用試験の面接と言ってることと全然違う!」とか書いてたことあったけど、それ、正規の教諭になってたなら受けたと思うんだよね。でも非常勤講師の給与も20代なら教諭と比較してまだ我慢できる額だけど30代になるとさ、格安じゃない。技術はあがってるのに。そしたらせめて学校選んでとか思うのは仕方のないことだと思うんだけど。年150万円って新卒採用より低いんだよ?
 情熱かけてもさしていいことなければ生活をとるのは仕方ないことだと思う。
 (それ以前にそれを依頼するあなた、30代でできる?月手取り8万の生活。5日勤務してるのに。)
 教諭30代で、額を下げられたと言ってもたぶん非常勤講師の倍は軽くとってるよね。
 上の希望者登録の詳細にも教諭と同じ勤務形態の常勤講師で最高額基本給38万円とあるんだけど、これは教諭の40才ぐらいの額じゃないかな。
 ところが講師の場合50になってもこの最高額を超えることはないんだよね。
 *しかも財政難のためと専らの噂だけど、一部教科以外30越えたらほとんど採用試験は倍率稼ぎに利用されるだけ(採用されない)。みんな力あるのにねえ。

 それまででも8がけ、昇給がその最高額で止まるので8がけどころの話ではなくなる。
 一年契約で、事件一つで仕事が来なくなることもあるのに、やっぱり問題多いところ嫌なところを講師に丸投げする教諭はいる。
 
 改善する必要はあると思うけどね。ただ今大阪府の教育委員会や教諭の人事を取り扱う世代って好況の売り手市場の時に非正規を経験しないで正規になった人多数なんでこんな事情なんて全然わからないと思うわ。
 まあとりあえずこの最低の給与改善も必要だけど、せめて私学なみとは言わないから、姪も通う私の母校を例にあげると、生徒のトイレは全部壊れてなくて使えて、廊下の照明は一つでもつき、天上の穴はふさいで、地方交付金100万円のせめて15万とかではなく50万は図書購入費用に回し、通常の学校法規定レベルに備品と環境を整える努力ぐらいはするべきではないかと思うんだけど。
 有権者と見えるところしか努力しない政治家が仕切っている間は無理かな。

 私個人的には、ここは私のいるべきところではないので、早くここを「卒業」して(したら叩くべきところをもっと叩くかも)、「ここ」においている例のストーカー馬鹿どもに、私が体験したのと同じ給与額で暮らしていただきたいですねえ、10年ぐらい。もちろん得るはずだったのと同等だけ失っていただきたい。
 いいかげん諦めろとかネットで向かい合せて書き込まれたことはあったけど、現状の「こんなはずはない」状況が続いているのだから、諦めるはずがない。
posted by きよら at 23:21| 橋下徹政界引退記念

2015年04月20日

あえて毒を吐いた日々

 もう既に某所で何度も書いたことだが、

 かつてドラマでのパクリがあまりにひどいので、それ以外もあまりにひどいので、テレビ業界をつぶしてやろうと思ったことがある。連中の収入を減らしてやろうと。
 視聴率がとれなければスポンサーがとれない、スポンサーがとれなければ収入は必然的に減る。
 だから、きいているとわかって、読んでいるとわかって、あえて批判しまくった。
 人間というのは言葉に左右されやすいものである。
 それが無抵抗で、かつリズムがあるとさらに「刷り込まれやすい」。
 したがって、あえて悪いところばかりを論理的にかつわかりやすく、微にいり細にいり批判しまくった。
 わざとだ。
 「そんな考え方しかできないの」と私を批判するアホな人もいたが、わざと書いてるんだから心の底から思ってるわけじゃない。それを見ながら「こいつ馬鹿だ」と笑っていました、ええ。
 私は授業で日本語音韻論と言語の関係を説明することがある。S・U・K・Iの組み合わせにしかすぎない音の並びが、たとえ日本語のわからない外国人に発語されても、こちらがどきりとしてしまう、それが言葉の持つ力であり、昔の人は言霊と言ったと。
 正確には言葉の持つ力ではなく、言葉が人間に及ぼす作用というものだ。一度きいてしまったら、よほど自分がしっかりしていないと、きかなかったことにはできないで、その言葉に左右されてしまう。きかなかったことにしたり、それに囚われないのはなかなか難しい。
 幸いなことに聞いている方々読んでいる方々は文学も言語学も心理学も学んではいなかった。
 ドラマ予想なんてページを作っていた時もあったが、あれは、本当は1をよりすぐるためではなく、残りの9を価値なしとするためにやっていた。
 私の思う通りに、彼らは作れなくなった。
 だいたい「話の筋」とか「フィクション構築の方法」とかを大学院に行ってまで研究した人の筋の矛盾指摘を完ぺきにかわせるほどに才能を持った作り手書き手なんてめったといない。それをかわそうとすると、何を気を付ければいいのかわからなくなり、大きい視点で見られなくなり、ものが作れなくなるのが普通。結局誰かに頼らなければいけなくなるが、その頼る相手が無限なのか、いつまで続くのかという話になると、限界は自ずとくる。
 呪いじゃないよ、ばかばかしい。

 同じように、音楽業界でもパクリが目につくのがいて、こういうのの曲を書けなくするには、とにかくパクリパクリということ。そうするとそのパクリを避けようと、偶然になぞったレベルまで避けようともするので、結局駄作しかできなくなる。ああいう作品なんて無意識にメロディが降りてくる場合が多い。その無意識レベルまで否定して音を意識的に探すんだから、心に響くものなんてできるわけがない。
 芥川龍之介が晩年作品を作る際に、自分で筋を思いついても「あれもかぶる」「これもかぶる」と、結局フィクションがお粗末になっていった、それと同じ魔に陥るのだ。
 ただこのことにおいて私の想定外だったのは、そいつの味方(ファンともいう)がね、他のアーティストに目をつけてネット上でパクリパクリと言い出したこと。しかもそれは業界では影響力が強かったり、尊敬されている人だったりしたので、彼らでさえパクリって言われる、自分たちはどうなるってことになり、やはり萎縮してしまって、ろくなものが書けなくなった。業界全体が低迷してしまった。
 その最大のあおりをくらったのは、今や虫の息である「彼ら」のお仲間だと思うが、まさか自分たちの反撃がブーメランになってかえってくるなんて彼らも思わなかっただろう。
 
 それでなくてもああいう音楽の曲づくりというのは、天才かよほどの才能でもない限り、ずっと良作を生み続けられるものでもなく、出始めから上がり調子の時は、次売れるかどうかのプレッシャーに負けなければいいものが出て来ていくけれども、その後は恋とか、使命とか、何か起爆剤でもない限りは無理。
 もしミュージシャンが作れなくて落ちたとしたら、消えたとしたら、それは当然のなりゆきでしかない。
 作品作りと才能とはそういうものだ。
 長々と生き残り続ける人の方が珍しい。
 違うというならちょっとは勉強してから言ってほしい。
 金も得た、地位も得た。貪欲に求めるものが何もなく、起爆剤さえない。
 「彼ら」から良作が生まれなくて当然なんだ。自分たちで言ってるじゃないか、「売れないのは曲が悪いと思う」。
 呪いじゃないよ、馬鹿らしい。
 
 もう一回書くけど、あえて、言ってる。あえて、書いてる。あえて、行動してる。
 批判の羅列や「中断―無視」の動作は、やっかみでもねじれた根性の慣れの果てでもなく、それは、「攻撃」してくる相手への「反撃」なんだ。
 ただ、何度も何度も詳しくそれを反撃だと断り、続けるとつぶれていくよとは言っていた、某所で。論理的背景もメカニズムも説明はしていた。
 しかし無視するなら仕方ないと思っていた。おそらく経済学部や法学部を出て文学の「ぶ」の字もかじっていない人の方がお偉いのだろうと思っていた。ところが最近ふと思ったのだが、「彼ら」がその解説を間引いていたのならどうしようもない。それでも自分たちを守るために、「彼ら」は誰がつぶれても良しとしたのなら、それは仕方のないことなのだろう。
 
 参考にはならないですよ、私の言葉は。それがどんなに自然に見えようとも、あえて毒を吐いてるんだから。
 いつまでありがたがって受け取っているのやら。
posted by きよら at 23:47| 日記