2015年02月28日

橋下徹は本当に保守か

 橋下徹は本当に保守なんだろうか。
 私は保守ではないと思う。
 君が代斉唱も国旗掲揚も中学校給食も校庭の芝生化も、東京で既にされていたことを真似ているだけ。
 ただ一つ真似忘れているのが伝統文化の保護。
 学校で積極的に歌舞伎や能を学び一年に一度は見にいく東京の中学校に対し、橋下徹は文楽を罵倒したあげく、補助金を打ち切った。
 はっきりいう。
 保守はこんなことしない。
 文楽とは、文化財保護法に基づく重要無形文化財であり、ユネスコの無形文化財にも指定されている。
 国が認めただけではなく世界が認めた人類の宝である。価値がわからないという理由で保護しないのでは、タ〇バンやISとなんら変わらない。
 無形文化財とは、国や人々の歩んできた足跡そのものであり、それを否定するような輩は保守ではない。
 また、一番大きくこの男が保守ではないと思うのが、公務員いじめ。
 ちなみに公務員叩きというのはどこから上がったかというと、マスコミから始まった。
 ああいうのは突然始まったように見えて、やはり理由がある。
 一番ひどいと思ったのは、今はなきTBSのブロードキャスター、さらに報道ステーションだったかと思う。
 他は見ていないからわからない。
 その直前にこんな裁判の判決があった。
 「東京都管理職国籍条項訴訟」
 東京都の在日韓国人二世が管理職試験を受けようとすると国籍条項を理由に拒否されたというもの。
 1996年東京地裁の判決の後に、執拗なほどの教師・警察官等への叩きが起こった。
 偶然と言われたらそれまでかもしれないが、実際起こったのだから仕方がない。
 さらに2005年最高裁判決後にはこの公務員叩きが国家公務員に及んだ。特に民主党が政界で力を持ち始め、第一次安倍政権になるや、厚生労働省や国土交通省から不祥事が怒涛のように流れ始めた。
 民主党のバックにどんな組織があるかご存じの方は多いと思う。
 故に管理職の国籍条項訴訟ばかりがきっかけではないだろうが、関係ないとは言い切れないのではないだろうか。
 国家公務員とは、国の根幹を支える人たちである。
 地方公務員とは、地方の根幹を支える人たちである。
 それでなくても同じ学歴の人たちと比して、給与が低い。
 国や地方の根幹を支えるがゆえに、やりがいもあり、給与がある程度低くても志望者はある。
 国がつぶれない以上仕事は続くので不況時は安定職としてよけいに叩きの対象となったが、景気が回復したらそうとは言えなくなる。
 国家公務員法と地方公務員法の縛りの中で働く人たちである。
 給与をカットすることでその質を確保できないために、国はそこまで強く給与のカットを断行しなかった。
 手を抜かれては困る。よい人材に止められては困る。よい人材が確保できなくても困る。
 薬剤の許可、法律の制定・管理、国土の保護、治安維持、教育、どれがなおざりでもいけないことばかりなのだ。
 だからギリギリのところまで給与は下げないし、冷遇もしない。
 ところが、橋下徹は簡単にそれをやってのけた。
 今公務員は「大阪だけはやめておけ」と言われている状況になっているが、公務員の給与だけではなく、待遇や施設の状況も最悪な状況になっている。ところがあれだけ金を削っているのに、マルハンが企画した道頓堀プール計画を俎上にのせたり、御堂筋に20億の大金を投じてイルミネーションをつけたり、遊びには金をかける。
 一番解せぬのが民間民間といって、なんでも民間に下げ渡そうとすること。
 コスト削減と言うが、これから先景気回復すれば公務員のような安い給料では働いてくれなくなる。
 業務が停滞したらどうするのか。
 また、民間にはこれと言って法のしばりがない。
 たとえば橋下氏の元で実行され、現在も続けられている私立高校実質無償化。
 私立の授業料がただなんてと、府民の皆様は大喜びだろうが、これには290億円の府費が費やされている。結果として生徒も私学へ流れる傾向がある。私学の方が施設もいいし、教員の数が充実しているし、それだけ鍛えてくれるし。
 ちなみに私学教員は給与削減以前でも公立の1.5倍あった(私学にいたから私は知っている)。
 もっと言うなら講習費は有料なので、学期末ごとの講習は別料金だし、放課後の補習も別料金。結果が出れば3月に寸志というには高額なボーナスが支給されるので金額差はもっとある。
 早い話、橋下徹がしているのは「私学優遇」言ってみるなら「民間優遇」である。
 私学には元々助成金が税金から拠出されており、さらに実質無償化で一人当たり数十万円が税金から出されているので、潤沢な給料と施設費を実質税金で賄っているのと同じような状況になっている。
 私学の公立化と言っていいかもしれない。
 でも公務員のしばりがない。
 この公共団体のしばりがないということは、つまり理事が中国人でもいいということだ。韓国人でもいい。経営に行き詰って学園を買収なんて普通にある話。
 大阪府は今公立高校の志願者を減らし、地位を落とし、次々につぶして、私立高校を有利な状態にしている。しかし、公立の数が減少し、私学が増え、サイアクの事態というのは想定しているのだろうか。
 府が金を出しているのだから公立と条件は同じというかもしれないが、単位が金で買えるという学校もあり、やってもいない必修科目をやったといいはる。道徳教育を宗教教育に差し替えることもでき、どこまで公の目が届くかどうかわからない。
 外国籍の企業が公教育に乗り込んでくるのはまだいいとして、せっかく育てた人員が海外に流出したら?
 それでなくても国と地方公共団体が億と言う税金を費やして立て運営してきた公立高校という財産を、なぜ簡単につぶしてしまうことができるのか。
 
 橋下氏はサイアクの事態に陥った時に、責任を取るだけの覚悟があるのだろうか。
 高校に限らず小学校中学校もギリギリの人員で、予算がないために様々なものが購入できない状況になっている。ギリギリの人員で公教育を行えば、先生たちそれぞれがかけられる時間は減っていくので、必然的に補習、講習、部活にかける時間も減ってくる。教材研究にかける時間も減り、授業もやっつけになっていく。しかも事務員は経費を厚かましく削れば馬鹿でも出世できるようになっているそうだから、教育委員会も必然的にそういった方向で動いているのだろう。「経費を削れ」と。
 教育委員会は確かに府知事から独立した組織だが、予算と人事は知事が握っている。わずか三年民間校長職にあった人が教育行政のトップに収まる異常事態が起こっているのがよい例である。
 未来の日本は誰が背負うのだ。
 しかも国政に出ると言っており、国会議員を抱える維新の党もどうやら考えは同じらしい。
 橋下氏は大阪をつぶしたいのだろう。
 国もつぶしたいのかもしれない。
 あれも民間これも民間、そうして最後に中国にでも買い取られたらいいと思っているのかもしれない。
 一斉に止めればテロにも相当するショックが起きかねない部署だってある。たとえば市営地下鉄。
 
 橋下氏は馬鹿であるといっては大変失礼だし、多くの支持者がいてそれなりに地位があるのだから、無能なのではないのだろう。おそらくこれが、予測できない事態としては考えていない。
 とするならば、彼は将来、日本人の仕事を減らして、某国に国の経営を奪われる基盤を作っていると思うのが相当ではないだろうか。
 故に私は橋下徹は保守ではないと断言する。
 スポンサーがマルハンという在日韓国人の企業というのも解せない。
 私にも在日の教え子はいて在日の知人もいる。それぞれにいい人だが、人と言うのは金と権力を握ると自分たちの仲間に有利な方向へと権力を使って動かそうとする。政治家と手を結ぼうとする人を何の疑いもなく迎えたとは考え難い。(外国籍の人が管理職になりたいのもわかる。でも、この2千年近くの歴史を持って築きあげてきた国を守るなら、公務員の場合は、日本国籍を取得してほしいと思うのは、これが日本人なら当然のことではないだろうか。)
 
 彼からはなぜか「不徳のいたすところ」という言葉が出てくることはない。
 「自戒」と言う言葉も出てこないだろう。
 大阪市営地下鉄を初乗り200円から180円に下げたと思ったら、また200円に戻すといい、統一地方選挙が近いものだから、200円に戻さないという。嫌なことを書かれたら困るものだから「週刊朝日」と和解した。都構想の先は国政だろう。とにかく石原慎太郎の真似をして保守ぶっておけば自民党と組める。自民党と組めば内閣に入れる可能性も高くなる。彼が出演していた「たかじんのそこまで行って委員会」も保守発言で好評を博し視聴率も高かった。国歌斉唱国旗掲揚も、この番組の中でさかんに言われていたことだ。だからそれを踏襲すれば人気がとれる。そしたら指示が得られる。
 彼は今もたくさんのネット右翼の方々に支援いただいている。そしてこの間も在特会の人と会談と見せかけてテレビ中継し激しく罵倒しただけで数分で切り上げるというパフォーマンスをやってのけた。
 要するに上にあがりたいばかりに見た目保守ぶるのだろうけど、保守でもないくせに保守ぶるのはあまりに不快だ。だからやめていただきたい。
 国旗国歌も手段でしかない。彼の発言によると大東亜戦争は第二次世界大戦でしかないし、太平洋戦争は侵略戦争であり、またこの間も世界を無茶苦茶にしたと発言していた。慰安婦はあの当時の世界の常識といったあと、沖縄の米軍に風俗を利用しろといって、国の尊厳を傷つける。

 安倍晋三首相は「景気回復、この道しかない」との結論に達した。
 橋下徹は相変わらず経費と公務員給与の削減をいって国を売る準備をしている。
 それが彼のスタンスなら仕方ないと思う。
 ただ相当のライトであり、国を愛している私としては、橋下氏の統一性のない、手段として右翼的スタンスを使っているとしか思えない状況は、不快でしかない。発言を見るにつけ読むにつけ、統一性がなく筋が通っていないので乗り物に酔ったような気分の悪さを感じる。
 ネット右翼の方々が、彼の一部発言とパフォーマンスをとらえて保守と思い込み、崇拝するのは結構だが、できればテレビにこれ以上出さないでほしい。少なくとも、発言をメディアに載せないでほしい。「都構想」という単語を平気で使うだけでも、日本国の歴史を愚弄しているとしか思えない。「都」は皇居のあるところなのだ。どれだけの思いとどれだけの血を流して京都から東京へと遷都したと思っている。文楽同様、彼にとってはこだわるに値しない、軽んずべき単語なのだろうけれど。

 エセ保守を見ていると、気分が悪くて仕方がない。あれなら「尖閣は我らが領土」といい、当時民主党の対中国対応を批判した共産党志位局長の方が国への愛を感じるし、スタンスも揺るがないだけ好感が持てる。(私と志位局長とでは政治的なことでは90%は意見が合わないだろうけれど)
 パフォーマンスで行っている一部、を除けば、全部レフトじゃないか。
 橋下徹は保守ではない。
 上に上がりたいためだけに利用している。
 いいかげん気づいてほしい。
 隣国に中から侵略される素地を彼は作っている。
 橋下徹の本質は、左派だ。
posted by きよら at 22:47| 橋下徹政界引退記念

2014年11月29日

2014年選挙戦

 ここ以外では公に発言することもなくなり…(ここ以外で読んだならそれはプライベートで書いたものが不正に流出した以外はありえない)

◎今夏景気足踏み現象
 経済学の入門書を読んでいたら不思議なことが書いてあった。自然現象など突発的に起こる予測不能なことはエポケーしてしまう、みたいな…。
 小説とか物語とかストーリーでは、むしろ予測不能なことをポンと放り込んで「本当らしくする」、言ってみれば「リアル※」にあることのように見せるのだが、なぜそのようなことをするかというと、リアルというものはそういうものであるからだ
 だいたいにして架空ストーリーにしても、書き起こされるリアルストーリーにしても、「まさか」があるからドラマになるのであって、「まさか」がなければドラマにならないケースも多い。
 ピンチだらけのこの世じゃこんな予測不能なことをエポケーする理論役に立たないのじゃないかしらん、と思いつつ、まあ素人の考えなので勝手なことを言ってらぐらいに受け止めていただきたい。

 今年のまだ暑いうちだったかしら、近くのスーパーで2Lのペットボトルが100円でセールされていた。(定価350円ぐらいだっけ?)
 それが一度や二度じゃなく、その時「何かがおかしい」と思った。
 要するに飲料なんてものは賞味期限があるため、それを見越して時々在庫を整理するためにセールを行ったりする。スポーツ飲料やお茶なんかが大量にさばけるのは夏だけれども、たとえば賞味期限が来年7月であるものを来年5月6月売りさばけるのにかけて置いておくなんてことはしない。ましてあるからといって工場は施設や人件費を考えると生産をストップできないし、多少赤字でも売れるところで早めに放出しないととんでもないことになる。
 このペットボトル2Lが100円で売られているのを見ながら、今年の夏は例年よりもかなりさばけなかったのだろうなあ、などと思った。だって暑くてたえられないという日は数えるほどしかなかった。飲料が恋しくてたまらないという日も数えるほどしかなかった。さらにこういう飲料を次から次へと必要とするには外出して暑さにさらされることが要件だけれども、土日は雨や災害ばかりで必要がなかった。
 思うに、その土日のしつこい連日の雨や災害を見ながら、今夏は経済上の大打撃をあちこちでこうむっているのではないかと思った。だいたいエアコンを新しくとも、扇風機を新しくとも思わない。でかけないから食事もしないしでかけないので洋服も靴もいらない。(書いててくどくてちょっとイライラしてきた)
 そんな状況を経たら景気が足踏みなり失速するのは当然だと思ったのだが、なんか世間は違ったらしい。
 難しいことを考える人の頭ではわからんかったらしい。
 やっぱさんまの価格が50円で目ラブラブさせる人の基準にまで落ち、土日はどこかへ行こうというと「土日は雨だから雨の中に言ってもつまらん」と喧嘩する人の頭で考えないと世の中の流れなんて見えないのかもしれない。

 それは不運であった。
 消費税増税の翌四半期にこんな天候不良が来るなんて。
 ただこの天候不順毎年来そうな気はするんだけど。
 一番うれしかったのはパルムの箱売りが値下がりしたことかな。

 うふ。
 で、メディアがアベノミクス失敗失敗と言ってる間に株がどえりゃあ下がったので買い増しちゃった。

◎テレビでの討論
 思うんだけど、景気が上向きになったら株価が元通りになるって当然のことだよね。
 そしたら円安もやってきて原材料費が高騰するのも当然のことだよね。
 一番元を生産する中小企業が打撃を受けるのも普通に想定内じゃない?
 でテレビ見ていた感じ、中国企業が参入し新しくてよい商品をバンバン作っているせいもあるというが、これは景気回復しようがしまいが同じことじゃない?
 大企業だって子孫請けに発注金額上げるには、ある程度の安心がなければ上げられないしさ。
 ていうか、各党の討論をテレビで見てて思ったのだが、誰がやっても同じになる景気上昇のルートで、こういう中小企業が景気回復の実感がないのをあげて攻撃をするのはなんかおかしいと思ったんだけど。

 中でもこの討論がなんか変だなと思ったのが、要するに4〜6月期は増税の影響で景気が足踏みし、7〜9月は自然現象のために景気が足踏みし、後者は不測の事態だった。その後に行ったアンケートで賃金が上昇していないだの、景気回復の実感がないだのというのは当然だし(ていうかそれ以前にこの時期に賃金あげる会社ってあるの?決定は3月4月じゃない?)、それで自民を攻めるのはなんだかなあ、だし、そもそも直近で見える「過去」で政策を云々言うのはどうなの?
 だいたい消費税を増税するのも年金福祉のためだよね。
 このままいくと日本は破たんする、それゆえの消費税。
 ところが現状ではさらに消費税を上げると景気回復もそれにともなう税収も減り、消費税すら予定よりも低い数字でしか得られず共倒れしかねない。(たとえ違ってもそれが一番わかりやすい。裏の事情なんて意味ない。)
 だから消費税増税先送りなんだよね。
 これが今回の選挙の大義じゃないのかしら。
 その、自分の懐しか見えていない人は、今消費税で家計がうんたらいうけど、このままだと年金や社会保障ができなくなるんだよね。そしたらその時なんていうの。
 そもそも私今の制度でおかしいと思うのは、日教組の悲願であった高校無償化と子供手当てで、こういうのは消費税20%の国がやっていい施策であって、今の8%ごときでやってはいけないと思う。だから現状を考えれば、廃止とはいかなくても、中止すべきだとは思うんだ。
 日本の国庫ってそれだけ余裕がない。
 ところが高校無償化をやり子供手当もやり、もしかして子供の医療費がただで、親の年金もちゃんと払ってねってそりゃ無理ですよ。
 ここで必要となるのが消費税増税でしょう。
 でも、それでも経済状況を考えて1年半先送りする。
 「未来の補償」を一時延期するんだから国民に信を問うて当然じゃないの?
 何が大義がないのかさっぱりわからない。
 その一年半で失う社会保障費がいくらだとか言えばいいのに。それでもいいですか、景気回復にかけていいですかってきけばいいのに。
 選択制で話しないと人は選べないよ。

 でもね、反論している自民党さんもへたくそだと思うんですよ。
 だって直近の国民アンケートでは景気の実感が半分以上ないって結果は出てるのに有効求人倍率が増えたのどうのと言ったって、その恩恵を被っているのは求人倍率が増えた分だから、せいぜい全体の数%でしょ。高校生なら選挙権ないじゃん。選挙にはまるで効果がない。
 だったら全員が恩恵を被ったことを訴えないと。
 たとえばアベノミクスで株価が上昇し、その運用益で年金が黒字に転じたとか、株式会社の資産が増え、大企業からの税収が上がって国の借金が減ったとか。目には見えないけれども着実に変化した全員に該当する恩恵を列挙して強調しないと。みんな意外と知らないんですよ、この事実。マスコミが報道しないから。
 だから安倍さんなんかが選挙演説してるときにテレビがきてるんだったら、ここばっかり繰り返してもいいって感じ。道半ばで夏の天候不順もあって景気が足踏みしてしまったけど確実に変化はあるんだからもうちょっと耐えていただきたいとか、そういうこと言わないと。わかりにくい。
 増税の先送りをしてでも景気回復を優先したいとか、増税して景気が失速して総合的にマイナスになっても困るとか、その時こそが本当のアベノミクス失敗だとか。そういうこと言わないと。

 かつて安倍さんは消えた年金問題で、一人残らずお探ししてお支払するって言ったけれども、支払う金がなきゃ支払えないんだよね。で、予算削減ばっかりの民主党のやり方では年金分のみならず税収が確保できないと考えたからカンフル剤が必要と考え、あの経済政策に至ったんだよね。
 一番原点をもう一度説明して、進むべきルートを示したらどうだろう。
 中小企業の給料が上がらないというのは(ちなみに倒産件数も減ったんだからまあどう見ても道半ばよね)、私からしたらルート上当然のことだと思ったし、そういう「足踏み状態」を失敗って言ってる人は世の全体の動きが見えてない人なんじゃないかな。
 家庭教師してる子に高原現象が現れて、この家庭教師はダメだ!っていう親みたいなもんだ。

 とにかく前四半期の減速が予測不能とかいうのもわけがわからない。
 スーパーに毎日通わなくていいから、スーパーの広告とか家電量販店の広告とか毎日チェックして、家族でもっとレジャーを楽しんだ方がよいよ。数でかければ新しい車もほしくなるし。

 ということで思いついたことを書いてみた。
 ところでなんで、予測不能なことはエポケーするの?
 予測不能なことをあえて想定しておかないとリアルじゃないよ。

※リアル・・・作品世界内という彼岸の中の「現実」に対して此岸であるこの世という現実を表現するのに「リアル」という言葉を使用する
posted by きよら at 16:34| Comment(0) | 社会・政治

2014年10月21日

辰巳参議院議員のうちわなんだけど

 これさ、参議院議員辰巳孝太郎さんのうちわらしいんだけど、ce1c7d22-s.jpg

 それよりも気になるのが、この「たつみコータロー」の表示よね。
 押尾コータローかと思ったやんか。
 玉置浩二のコンサートでボックス席から手を振る押尾コータローよ。
 やめてよね、パクリ。

 あと、蓮舫さんのこれは事実ですかね。
 公職選挙法違反ののぼり、うちわ、シャツだそうです。
http://www.tanteifile.com/geinou/scoop_2014/10/21_01/
 調べてくれないかな、ワイドショー。

 ところで、ネット見てもリアル見ても、「うちわとか、くだらない」「小渕さんも知らなかったのね、気の毒」という声しかないんだけど、ニュース見ても新聞見ても「国会運営に影響が」「政権に打撃」って書いてあって、マスコミはリアルな国民と非常にかい離したところで物を語っていませんか。
 家に電話して家族にでも「国民の声」聴いた方がよいよ。
 彼らのいるところは現場か会社の中なので全然こういう声が聞こえてこないのよね。
 ネットは全部ネット右翼が自民党に味方して書いてると思い込んでるし。
 ぜひ家に電話していただきたい。

 こんなことをだらだら追及して国会運営に支障をもたらし辟易する人が圧倒的に多いと思うんですよ。
 うちわに関しては検察によると形式上は違反だけど、価値もなく起訴される可能性は低いし、前例はないので、ないんだそうだけど、起訴されないものを罪としていつまでも騒ぐのはどうなの。(ていうか、起訴猶予になることぐらい、刑事告発した人もわかりそうなもんだけど。パフォーマンス?)
posted by きよら at 21:28| Comment(0) | 社会・政治

2014年10月20日

小渕優子氏の政治資金を計算してみた。

 すぐ消すかもしれません。

 小渕優子氏の政治資金について、後援会の方々と観劇に行った、その収入と支出が合わないという件。
 読売新聞を読んでいたら、ちょうどBSフジのプライムニュースで飯島勲内閣官房参与や民主党の福山議員が出ており、読売新聞の記事にある通りにその観劇にかかったお金を計算してみた。
 これなんだけど
観劇収支ズレどう説明、公私混同疑いも…小渕氏
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20141020-OYT1T50026.html

 たぶんしばらくすると見れなくなるのでそのまま引用すると、
 4団体の政治資金収支報告書には、東京・明治座で開いた観劇会の「入場料・食事代」として計約5024万円が計上されており、これに群馬―東京間の往復バス代が加わる。一方、収入は10、11年分の計約742万円のみで、08、09年分は記載がなかった。支出が収入を約4282万円上回っており、この差額分を団体側が負担していれば、公職選挙法が禁じる有権者への寄付とみなされる可能性がある。

 ただ、記載が正しいとは限らない。小渕氏は国会で、入場料やバス代などとして1万〜1万2000円の実費を徴収していたと説明した。今年10月8日の観劇会資料には、45人乗りのバスなど26台で明治座に向かうと記されている。複数の参加者によると、1、2階の計1224席は満席で、会費は一律1万2000円。過去もほぼ同額で、会場も満員だったという。

 仮に開催が年1回で会費が1万2000円、会場が満員であれば、約5875万円の収入があった計算になり、逆に収入が支出を上回っていた可能性も出てくる。収入を過少に記載していれば政治資金規正法違反(虚偽記入)、収支の記載がない12年分は同法違反(不記載)の恐れがある。


 会費は参加者みんな払っていたというのが福山議員の証言。
 すると、一人12000円×45人乗りバス×26台=14040000円。
 これが4年分だと、5616万円。ただしバスは45人のりといえども、45座席全員が埋まるはずもない。
 また読売新聞の書くがごとく、「満員に見えた」としても、玉置浩二の公演でも前あったんだけど、「満員に見えるように少しずつ席を空けて調節する」という配慮はするもの。また貸切なはずでも、貸切以外の人も若干入れるもの(私が学校から行った文楽鑑賞会はそうだった)なので、計算すれば年に180人ほど、空席&別の人が入っていることもある。
 普通に考えて支出は多分5024万円で問題はなく、収入もそれに近い額だったのではないかしら。
 742万円が何の数字かはわからないけれど、この空席分4年間の数字に一番近い。
 空席(あるいは他人分)180席×12000円×4年分で、864万円。(当然これは単純計算)
 私が勝手に考えるところによると、5024万円と742万円をあわせれば、5766万円になり、もし864万円であれば5888万円になり、明治座を埋める読売新聞が書くところの5875万円と近い数字になる。
 だから5766万円最初払っていたけれど、実質5024万円になり、キャンセル分とか集まらなかった分とかのおつり742万円と考えれば、全部計算があうのじゃないのかしらん。
 予約はするけどそれが当日実際の数とは限らないので、こういう差額が生じるっていう。
 全部そのレシートが残ってないか、どこか間の人が書き方が変だったためにおかしなことになったっていうか。

 え、だから記載(もしくは転載)ミスって言う・・・。

 飯島参与は四年間の小渕優子さんの収支報告書を全部コピーしてそこに積んであり、「こんなにガラス張りでいちいち書いてあるものはない」などと申されていました。

 そこでここまで計算して私は思ったのですが、こんな出そろったら簡単に計算できてつじつまがあってしまうことを、なぜ赤旗も、週刊新潮も、質問している民主党議員も、しなかったのでしょうか。
 出された資料(もしくは持ち込まれた記事)を精査も調査も取材もしないで載せると、こうなるってことでしょうか。

 どこか間違えてる? 間違えてたら消すわ。計算は不得意だし。
posted by きよら at 21:38| Comment(0) | 社会・政治

2014年05月20日

「メタファーの楽園」

 チャゲ&アスカのASKA逮捕に際し、昔書いたエッセイを思い出したので、ちょっと打ち込んでみることにしました。ホームページのページとするほどには長いものではないので、ブログで行きます。

「メタファーの楽園」

 この前、旅行案内を見ていて、「紅葉」の二文字が目に入った途端「金色夜叉」と思わず口走っている自分を知って、「あ、これはまずい」と思いました。で、この間アルプスに行って来たんですが、ここでも「山道」という看板の字が目に入った途端、頭の中で置き換えてしまいました。「産道」。嗚呼、どうしよう。もう病気かもしれない。
   *
 演歌より歌謡曲の方がメタファーは生きやすいと、何かの本で読んだけれど、この間チャゲ&飛鳥の「Sons&Daughters〜それより僕が伝えたいのは」(*→ 歌マップ歌詞 youtube →https://www.youtube.com/watch?v=KjXnpYfTKMM)をきいた時に、「ははあ、なるほど」と思いました。上手だなあ、誰が詞書いたんだろう、と作詞者を見てみると飛鳥涼本人。おもしろくて、なかなか芸術的な仕上がりだったと思います。
 何分谷崎潤一郎をやっております手前、「母胎回帰」には非常に敏感なんです。この曲を聴いた時も、「あれ、母胎回帰の歌じゃないの?」と非常にときめいてしまいました。「命の海」が羊水で、「水平線の両手をまね」ているのは胎児の手の形。「夢の音域」は母親の鼓動の音。(あれドラムの音が鼓動みたいに聞こえるのは偶然だろうか)じゃあ、「いつか来た道」ってのは「産道」。そういえば「あの夏の日」じゃなくて「あの日の夏」ですもんね。大から小への限定じゃなくて、小の中の大だから、これもメタファーだ。では、思い出したい「あの日の僕」っていうのは受精の瞬間か−−伝えたいのは命の神秘なんだな−−なるほど、すばらしい−−非常に感心しました。
 飛鳥さんの曲は以前にも感心したことがありまして、「はじまりはいつも雨」だったかな。作詞者の確認はしてないけど、多分彼でしょう。(違ったらどうしよう)日本人は基本的に「雨」というと「恋の苦しさ」を潜在的にうたいこむそうです。「雨が降るから会えないの」で、恋の苦しさを歌ってるってわかるでしょう。傘さして行きゃあいいだけの話なのに・・・。理由は民俗学の方から来るそうですけど、あの曲はその常識を破ってるんですね。だからこの曲を聴いた時少し違和感を感じる。そこがかえって不思議な印象を与えられるわけですけども、いろんなことを知っている人だなあと思いました。
 これからも、脳を刺激してくれるようなものを期待してます。
   *
 よをこめて とりのそらねは はかるとも よにあうさかの せきはゆるさじ
 万葉の時代の「見立て」を散文の中に初めて取り入れたのは清少納言であったという。蜘蛛の巣についた雨を真珠に見立てたのはその例であったか。意味の上では全く違う言葉と言葉、物と物を結びつけ何かを言い表そうとする言葉の遊びは、遠く古代から続いているのです。

 我々はメタファーの楽園に生きている。
(『雑文芸術』平成五年十二月)


 謙遜抜きで、拙い文章で申し訳ない。
 この文中に出てくる「Sons&Daughters」の箇所を書く時に、芸術性に重きをおいたのか、さわやかな曲調と詞の裏にエロスを混ぜたのかで迷ったのを、あえて芸術性の方で選択して書いた覚えがあります。字数が限られてて、というかページ調整で書いたものなので、両方を説明するのは無理だったというものです。
 今日やたらまわる「Love Song」も以前どこかで書いたかと思います、『万葉集』鏡王女の歌
 秋山の 木の下隠り 行く水の 我こそ益さめ 思ほすよりは
(紅葉に色づき華やかな秋山の、その木下を行く水のようにはっきりとは見えませんが、私の想いはあなたが思っていらっしゃるよりも、その水が増すように増しているのですよ。)

 共通点は川、それから殺し文句の「君が想うよりも 僕は君が好き」。
 ヒントになったとか元ネタとか、古典から材をとっているのは他の歌手にも見受けられるんですけど(古典じゃないけど桑田圭祐の「月」は明らかに谷崎潤一郎の「蘆刈」が元ネタだし)、特にASKAは凝ったものを書く作詞家だという印象が私の中には残っています。

 彼の場合はつまづいたのは、あのどこかの雑誌が勝手に書いた「次は世界だ」のフレーズで喧嘩して、それで、さらにいろいろつまづいていったってところかもしれない。でも、そのつまづきが今回の直接の原因では私はないような気がするんだけれども。
 創作する人の一番つらいことは、「うまく表現できなくなる」ことです。芥川龍之介も、川端康成も、三島由紀夫も、最大の自殺の原因は、ネタにせよ何にせよ、「書けなくなったから」が、原因。
 金とか、地位とか、そういうレベルで片付けるのは、ちょっと違うと思うんです。
 玉置浩二というカンフル剤を得て、去年夏、十曲も書けた「SAY YESの時のように」と言っていて、それを週刊誌の記者に聞かせたというのだから、たぶん充実し嬉しくて仕方のなかった時だったんじゃあないでしょうか。
 たぶん何かが彼の表現を閉じ込めてしまった。それが彼を苦しくさせてしまった。
 私はそんな気がします。
posted by きよら at 21:49| Comment(0) | 音楽の話