2014年10月21日

辰巳参議院議員のうちわなんだけど

 これさ、参議院議員辰巳孝太郎さんのうちわらしいんだけど、ce1c7d22-s.jpg

 それよりも気になるのが、この「たつみコータロー」の表示よね。
 押尾コータローかと思ったやんか。
 玉置浩二のコンサートでボックス席から手を振る押尾コータローよ。
 やめてよね、パクリ。

 あと、蓮舫さんのこれは事実ですかね。
 公職選挙法違反ののぼり、うちわ、シャツだそうです。
http://www.tanteifile.com/geinou/scoop_2014/10/21_01/
 調べてくれないかな、ワイドショー。

 ところで、ネット見てもリアル見ても、「うちわとか、くだらない」「小渕さんも知らなかったのね、気の毒」という声しかないんだけど、ニュース見ても新聞見ても「国会運営に影響が」「政権に打撃」って書いてあって、マスコミはリアルな国民と非常にかい離したところで物を語っていませんか。
 家に電話して家族にでも「国民の声」聴いた方がよいよ。
 彼らのいるところは現場か会社の中なので全然こういう声が聞こえてこないのよね。
 ネットは全部ネット右翼が自民党に味方して書いてると思い込んでるし。
 ぜひ家に電話していただきたい。

 こんなことをだらだら追及して国会運営に支障をもたらし辟易する人が圧倒的に多いと思うんですよ。
 うちわに関しては検察によると形式上は違反だけど、価値もなく起訴される可能性は低いし、前例はないので、ないんだそうだけど、起訴されないものを罪としていつまでも騒ぐのはどうなの。(ていうか、起訴猶予になることぐらい、刑事告発した人もわかりそうなもんだけど。パフォーマンス?)
posted by きよら at 21:28| Comment(0) | 社会・政治

2014年10月20日

小渕優子氏の政治資金を計算してみた。

 すぐ消すかもしれません。

 小渕優子氏の政治資金について、後援会の方々と観劇に行った、その収入と支出が合わないという件。
 読売新聞を読んでいたら、ちょうどBSフジのプライムニュースで飯島勲内閣官房参与や民主党の福山議員が出ており、読売新聞の記事にある通りにその観劇にかかったお金を計算してみた。
 これなんだけど
観劇収支ズレどう説明、公私混同疑いも…小渕氏
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20141020-OYT1T50026.html

 たぶんしばらくすると見れなくなるのでそのまま引用すると、
 4団体の政治資金収支報告書には、東京・明治座で開いた観劇会の「入場料・食事代」として計約5024万円が計上されており、これに群馬―東京間の往復バス代が加わる。一方、収入は10、11年分の計約742万円のみで、08、09年分は記載がなかった。支出が収入を約4282万円上回っており、この差額分を団体側が負担していれば、公職選挙法が禁じる有権者への寄付とみなされる可能性がある。

 ただ、記載が正しいとは限らない。小渕氏は国会で、入場料やバス代などとして1万〜1万2000円の実費を徴収していたと説明した。今年10月8日の観劇会資料には、45人乗りのバスなど26台で明治座に向かうと記されている。複数の参加者によると、1、2階の計1224席は満席で、会費は一律1万2000円。過去もほぼ同額で、会場も満員だったという。

 仮に開催が年1回で会費が1万2000円、会場が満員であれば、約5875万円の収入があった計算になり、逆に収入が支出を上回っていた可能性も出てくる。収入を過少に記載していれば政治資金規正法違反(虚偽記入)、収支の記載がない12年分は同法違反(不記載)の恐れがある。


 会費は参加者みんな払っていたというのが福山議員の証言。
 すると、一人12000円×45人乗りバス×26台=14040000円。
 これが4年分だと、5616万円。ただしバスは45人のりといえども、45座席全員が埋まるはずもない。
 また読売新聞の書くがごとく、「満員に見えた」としても、玉置浩二の公演でも前あったんだけど、「満員に見えるように少しずつ席を空けて調節する」という配慮はするもの。また貸切なはずでも、貸切以外の人も若干入れるもの(私が学校から行った文楽鑑賞会はそうだった)なので、計算すれば年に180人ほど、空席&別の人が入っていることもある。
 普通に考えて支出は多分5024万円で問題はなく、収入もそれに近い額だったのではないかしら。
 742万円が何の数字かはわからないけれど、この空席分4年間の数字に一番近い。
 空席(あるいは他人分)180席×12000円×4年分で、864万円。(当然これは単純計算)
 私が勝手に考えるところによると、5024万円と742万円をあわせれば、5766万円になり、もし864万円であれば5888万円になり、明治座を埋める読売新聞が書くところの5875万円と近い数字になる。
 だから5766万円最初払っていたけれど、実質5024万円になり、キャンセル分とか集まらなかった分とかのおつり742万円と考えれば、全部計算があうのじゃないのかしらん。
 予約はするけどそれが当日実際の数とは限らないので、こういう差額が生じるっていう。
 全部そのレシートが残ってないか、どこか間の人が書き方が変だったためにおかしなことになったっていうか。

 え、だから記載(もしくは転載)ミスって言う・・・。

 飯島参与は四年間の小渕優子さんの収支報告書を全部コピーしてそこに積んであり、「こんなにガラス張りでいちいち書いてあるものはない」などと申されていました。

 そこでここまで計算して私は思ったのですが、こんな出そろったら簡単に計算できてつじつまがあってしまうことを、なぜ赤旗も、週刊新潮も、質問している民主党議員も、しなかったのでしょうか。
 出された資料(もしくは持ち込まれた記事)を精査も調査も取材もしないで載せると、こうなるってことでしょうか。

 どこか間違えてる? 間違えてたら消すわ。計算は不得意だし。
posted by きよら at 21:38| Comment(0) | 社会・政治

2014年05月20日

「メタファーの楽園」

 チャゲ&アスカのASKA逮捕に際し、昔書いたエッセイを思い出したので、ちょっと打ち込んでみることにしました。ホームページのページとするほどには長いものではないので、ブログで行きます。

「メタファーの楽園」

 この前、旅行案内を見ていて、「紅葉」の二文字が目に入った途端「金色夜叉」と思わず口走っている自分を知って、「あ、これはまずい」と思いました。で、この間アルプスに行って来たんですが、ここでも「山道」という看板の字が目に入った途端、頭の中で置き換えてしまいました。「産道」。嗚呼、どうしよう。もう病気かもしれない。
   *
 演歌より歌謡曲の方がメタファーは生きやすいと、何かの本で読んだけれど、この間チャゲ&飛鳥の「Sons&Daughters〜それより僕が伝えたいのは」(*→ 歌マップ歌詞 youtube →https://www.youtube.com/watch?v=KjXnpYfTKMM)をきいた時に、「ははあ、なるほど」と思いました。上手だなあ、誰が詞書いたんだろう、と作詞者を見てみると飛鳥涼本人。おもしろくて、なかなか芸術的な仕上がりだったと思います。
 何分谷崎潤一郎をやっております手前、「母胎回帰」には非常に敏感なんです。この曲を聴いた時も、「あれ、母胎回帰の歌じゃないの?」と非常にときめいてしまいました。「命の海」が羊水で、「水平線の両手をまね」ているのは胎児の手の形。「夢の音域」は母親の鼓動の音。(あれドラムの音が鼓動みたいに聞こえるのは偶然だろうか)じゃあ、「いつか来た道」ってのは「産道」。そういえば「あの夏の日」じゃなくて「あの日の夏」ですもんね。大から小への限定じゃなくて、小の中の大だから、これもメタファーだ。では、思い出したい「あの日の僕」っていうのは受精の瞬間か−−伝えたいのは命の神秘なんだな−−なるほど、すばらしい−−非常に感心しました。
 飛鳥さんの曲は以前にも感心したことがありまして、「はじまりはいつも雨」だったかな。作詞者の確認はしてないけど、多分彼でしょう。(違ったらどうしよう)日本人は基本的に「雨」というと「恋の苦しさ」を潜在的にうたいこむそうです。「雨が降るから会えないの」で、恋の苦しさを歌ってるってわかるでしょう。傘さして行きゃあいいだけの話なのに・・・。理由は民俗学の方から来るそうですけど、あの曲はその常識を破ってるんですね。だからこの曲を聴いた時少し違和感を感じる。そこがかえって不思議な印象を与えられるわけですけども、いろんなことを知っている人だなあと思いました。
 これからも、脳を刺激してくれるようなものを期待してます。
   *
 よをこめて とりのそらねは はかるとも よにあうさかの せきはゆるさじ
 万葉の時代の「見立て」を散文の中に初めて取り入れたのは清少納言であったという。蜘蛛の巣についた雨を真珠に見立てたのはその例であったか。意味の上では全く違う言葉と言葉、物と物を結びつけ何かを言い表そうとする言葉の遊びは、遠く古代から続いているのです。

 我々はメタファーの楽園に生きている。
(『雑文芸術』平成五年十二月)


 謙遜抜きで、拙い文章で申し訳ない。
 この文中に出てくる「Sons&Daughters」の箇所を書く時に、芸術性に重きをおいたのか、さわやかな曲調と詞の裏にエロスを混ぜたのかで迷ったのを、あえて芸術性の方で選択して書いた覚えがあります。字数が限られてて、というかページ調整で書いたものなので、両方を説明するのは無理だったというものです。
 今日やたらまわる「Love Song」も以前どこかで書いたかと思います、『万葉集』鏡王女の歌
 秋山の 木の下隠り 行く水の 我こそ益さめ 思ほすよりは
(紅葉に色づき華やかな秋山の、その木下を行く水のようにはっきりとは見えませんが、私の想いはあなたが思っていらっしゃるよりも、その水が増すように増しているのですよ。)

 共通点は川、それから殺し文句の「君が想うよりも 僕は君が好き」。
 ヒントになったとか元ネタとか、古典から材をとっているのは他の歌手にも見受けられるんですけど(古典じゃないけど桑田圭祐の「月」は明らかに谷崎潤一郎の「蘆刈」が元ネタだし)、特にASKAは凝ったものを書く作詞家だという印象が私の中には残っています。

 彼の場合はつまづいたのは、あのどこかの雑誌が勝手に書いた「次は世界だ」のフレーズで喧嘩して、それで、さらにいろいろつまづいていったってところかもしれない。でも、そのつまづきが今回の直接の原因では私はないような気がするんだけれども。
 創作する人の一番つらいことは、「うまく表現できなくなる」ことです。芥川龍之介も、川端康成も、三島由紀夫も、最大の自殺の原因は、ネタにせよ何にせよ、「書けなくなったから」が、原因。
 金とか、地位とか、そういうレベルで片付けるのは、ちょっと違うと思うんです。
 玉置浩二というカンフル剤を得て、去年夏、十曲も書けた「SAY YESの時のように」と言っていて、それを週刊誌の記者に聞かせたというのだから、たぶん充実し嬉しくて仕方のなかった時だったんじゃあないでしょうか。
 たぶん何かが彼の表現を閉じ込めてしまった。それが彼を苦しくさせてしまった。
 私はそんな気がします。
posted by きよら at 21:49| Comment(0) | 音楽の話

2014年04月27日

慰安婦問題覚書

 ツイッターのフォロワーがいろいろとリツイートしてくれたものや、リンク先から色んな事が知れる。
 どれが正しいのか確たることはわからないけれど、とりあえず覚書。
 こういう問題をブログに書くのは相当勇気がいりますね。半年は思ってて書かなかった。

●戦後の日本とアメリカ
 ちなみに太平洋戦争終結後、日本には特殊慰安施設協会なるものが設立される。
 これは占領軍であるアメリカ軍向けに作られたもの。
 なぜ設立されたかというと、占領軍が上陸した直後から日本の民間人への米兵によるレイプ事件が多発し、これを憂えた政府が設立したからだという。
 全国から募集され、貧しい最中であったのでたくさんの応募があったとか。
 私がなぜこれを知ったかというと、宮本輝の小説「泥の河」に「パンパン」なるものが登場する。
 上記が公の施設とすると、この「パンパン」は私娼である。
 日本では私が知る限りでは江戸時代から公娼なるものが存在した。江戸幕府の管轄のもとに、江戸吉原、大阪新町などの遊女街が出来、そこにいる遊女が公娼、これに対し管轄なしで自ら春を売るものが私娼となった。
 
 本来戦下にこうした娼婦が存在したのは、そもそもが上記に上げたような民間人への暴行を防ぐためであり、軍内での同性の兵への暴行を防ぐためでもある。
 日本という国の戦時における娼婦というのはかなり古くからあるらしいが、戦国時代では戦地に女をつれこめない上級の武将には、お小姓をその代わりとし、同性愛が横行した、などという話もある。

 逆にこれを戦時しなかった歴史の浅い国がある。
 アメリカである。
 故に戦後特殊慰安施設協会が設立されても、米兵によるレイプ事件は後を絶たず、判明しているだけでなく、判明していない部分でも、例えば村の中の茂みの近くに米軍の車が停まっており、よくその茂みから若い女性の悲鳴が聞こえてきたりしたなどというエピソードなども残っている。(私が大学時代授業を受けた先生の証言)。
 朝鮮半島内では日本の慰安所がたくさんあったというが、日本が撤退した後、朝鮮政府が引き継いだ。(wikipediaより)それで米兵の民間人暴行は抑えられたはずである。
 また日本語版wikipediaに「慰安所」内にある記事であるが、
 
アメリカ軍もフィリピンなどの植民地慰安所をのぞくと慰安所を設置しなかったが、ノルマンディーに上陸したアメリカ軍が多数のフランス女性をレイプし、性行を行っている姿を見ないで街を歩くことが出来ないほどの状態になったためル・アーヴルでは市長が郊外に慰安所の設置をアメリカ軍指揮官に懇願したがアメリカ軍はこれを拒否している。

 女性一般では、春を売ることを覚悟し納得した場合と、道を歩いていて突然犯されるのでは全く受ける心の傷が違う。売春婦とてレイプに合えば深い心の傷を受けるだろう。
 レイプとはそういうものだ。
 占領下のアメリカ軍にレイプされ妊娠し心を病んで一生を失った女性の話は、特に沖縄では後を絶たない。米政府はこの軍による婦女暴行の歴史をどう思っているのか個人的に問いたいところである。

●日本占領下における慰安所
 日本占領下における慰安所は存在した。
 これは詳しく研究している方がおられる。ツイッターによってその方の資料なども拝見した。
 それによると一つの街に軍があり、その近くに慰安所、それから私娼街などがあり、上記パンパンにような韓国日本の歴史から察するに、個人の売春婦が存在したと察せられる。
 で、あるならば、慰安所の下位施設として朝鮮独自の私娼街があったのに、なぜ強制連行する必要があったのかが謎である。
 その下位施設から慰安所に組み上げればいいだけで、給与も扱いも下方にいる者が、上方の慰安所へ行くことに拒絶したとは考え難い。
 とりわけ慰安婦は募集がかかると高給のための応募が殺到したという(ネットで見た資料より)。
 高給の証拠はあちこちに残っているが、慰安婦たちが親たちに手紙とともに仕送り、その手紙に記入されたのが法外な額であったことからこのことが証明されている。(同上)
 当時日本でさえまだまだ国として貧しかったので、今から考えれば安価で遊女宿に奉公に行く女性が少なくなかった時代である(たかじんのそこまで言って委員会)。
 また、今ほど庶民に洋風の貞操観念が強くあった時代でもない。(私が受けた大学の授業より。江戸期文学作品や民俗学資料より)
 この状況で強制連行があったかというと、それは相当疑問視せざるを得ず、そもそも韓国にわたって一か月現地調査した人によると、強制連行されたと証言した人は一人も見つけられなかったと話している(たかじんのそこまで言って委員会)。
 もし強制的につれられたとしたら、金を目当てに売った親が娘に言うことを聞かせるために、「日本軍」を笠にきて行った女衒の策ということではないだろうか。とにかく当時の農村は貧しかった。まだ朝鮮王朝末期になる前の中期を描いた韓国時代劇でさえあの貧しさなのだから、国が荒れた末期、それを継いだ日本併合時はもっとすさまじいものであったろう。
 日本という国家の当時を考えてみても、朝鮮時代の韓国が娘個人の意志を尊重したとはとても考えられない。
 ただでも、何度も書くけど、慰安婦は当時最上級の高給娼婦、しかも募集型だったので、より下位の娼婦ならまだしも、そのような強制のやりとりが本当にあったのか疑問が残るところ。

●解決済みの案件
 日本の戦時下におけるモロモロの補償は、日本と韓国が国交を正常化するときに取り交わした「日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約」いわゆる「日韓基本条約」ですべてが解決済みである。
 日本は個別の補償を申し出たが、以下wikipediaから引用する。

 韓国政府は「個人への補償は韓国政府が行うので日本は韓国政府へ一括して支払って欲しい」とし、現金合計21億ドルと各種現物返還を請求した。次の日韓交渉で日本は韓国政府へ一括支払いは承諾したが21億ドルと各種現物返還は拒否し、その後、請求額に関しては韓国が妥協して、日本は前述の記載通り「独立祝賀金」と「発展途上国支援」として無償3億ドル、有償2億ドル、民間借款3億ドルの供与及び融資を行った。

 つまり、個別の補償は韓国政府から拒絶された。
 個人への補償は韓国政府が行うとしてこの条約が締結された以上、併合時の補償を行う対象は、すべて韓国政府が行うのである。
 日本の関わっていい問題ではない。
 もしここでかかわって何かもの申そうものなら、これは内政干渉以外の何物でもない。
 シベリア抑留者にロシアが年給を支給しろだとか、被爆者にアメリカが年給を支給しろというのと同じことではないのか。国庫の使い道を、その国の財政に影響するわけでなし、他国に云々言われる筋合いはないのだ。

 ということで、ここまでが今現在の私の認識(覚書)である。
 ただ一つ不思議に思うのが、国交回復したときにこの慰安婦問題が問題として俎上に載らず、なぜ二十年近くたってから韓国側から出たのかということである。
 さらに、米国は米国が輩出した作家アーネスト・ヘミングウエイが『武器よさらば』で、イタリア軍にも慰安所があったことを記しているが、イタリアに対してどう思っているのかも聞きたいところ。小説の内容によれば、この主人公の米国人も利用した書き方がされている。
 米国には、ことさら日本をとりあげる以前に、自国軍の日本だけではない、占領下婦女暴行の歴史をまず反省していただきたいのと同時に、日本が韓国に慰安所を残していったから、米軍が民間人に魂の暴力を施さずに済んだ(いや、これも日本同様表ざたになっていないだけかも)ということも忘れないでいただきたいのである。


 また安倍首相にも、男性だからといってなんでも女性の問題で軽々しく折れるのはやめていただきたい。
 個人的には現段階では、私は韓国よりも、婦女暴行を繰り返しながら人権などときれいごとをいい、実質的には人権を阻害し続けて放ったらかしの米国が一番始末が悪いと思う。
 アメリカの監獄で今も行われているとかいう、同性囚人の暴行も何とかしたらどう?
 そういう国民性と言われれば、それまでだけど。
posted by きよら at 23:55| Comment(0) | 社会・政治

2013年12月16日

小説・ショートショート「Sketch」に「transparent」を更新しました。

 意外な時に意外なことが起こり、びっくりした?

 ショートショート「Sketch」に「transparent」を更新しました。
 引っ越してから初めての小説更新。小説更新としては、約3年ぶり、と、なってしまいました。
 話はいろいろ頭の中でぐるぐる回っているんですけどね、書く暇がない。
 と、書きつつ、引っ越し前のサイトから来てくれている人はどれぐらいいらっしゃるのでしょうか。
 もう書かないから見放されちゃったかもな。
 巫女姫の連載終了が2010年の6月だから、もう愛想つかされてきてないかも。

 さて、今回の分、舞台はまた奈良県吉野川流域です。
 吉野川下流は和歌山に入ると紀ノ川と名前を変えますが、まだ吉野川あたり。
 ちょうどJR五条駅と近鉄下市口駅の間あたりの流域。この辺は車で通ったことはありますが、私が実際歩いたことはありません。
 吉野川と紀ノ川、大和川は「いつか使ってやる」な川で、大和川あたりも既に「water」で書いています。
 中間部分は京都です。別に京都じゃなくてもいいんですけどね。大阪であろうと東京であろうと。


 最初に最後の部分だけ出来てて、中間部分のシーンが別にあったのを混ぜて、冒頭入れて仕上げました。
 久しぶりなので、どっかどっかと修正入れながら書きました。最初男性視点で書いてましたがうまくいかなくて、一ページぐらい削除して女性に変えて書き直して仕上げました。
 結構難産だった、というか、久々に書くとやっぱりさらさらとはいきません。
  
 BGMは、この吉野川流域の場面がASKAのアルバム『NEVER END』収録「月が近づけば少しはましだろう」をエンドレスで。
 ASKAの曲を使ったのは二度目で『緑青の海へ』の冒頭に「ID」を使いました。人格を疑われるので読まないでくださいとよくいう『緑青の海へ』です。

 本当は『緑青の海へ』を、続き書きたいんですが、2が、盗まれやすい劇中劇が入っている上に、書いている人をいつ壊すかわからないという曲者な小説なので、なかなか先生しながら書くのは難しいかな〜と、なかなかスタートしません。
 劇中劇の方は話を複雑にすればいいだけで、これもうOKなほどに変えたんですけど、いかんせん書く時間がない。

 ということで、久しぶりに小説更新しました。
 早くあちらから引っ越しのお知らせリンクできたらいいんだけど、どうかな…。
posted by きよら at 00:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説更新日記